やくたたずの恋

「星野さんはずっと、志帆さんとダンスをしたいと思ってらっしゃったんです。だからぜひ一度、星野さんのお相手になっていただけませんか？　そうすれば、星野さんの志帆さんに対する気持ちが、お分かりいただけるんじゃないかって……」
「……あの人の気持ちを、分かる必要なんてあるの？」
「え？　だってご夫婦ですし……」
「夫婦って言ったって、私と星野は、普通の夫婦ではないのよ！」
　白い壁に包まれた中で、志帆の体が赤く染まる。生々しい血の匂いが、彼女の怒りから発せられる。自ら火だるまになり、全てを巻き込んで燃やし尽くす。その意志が、雛子にはっきりと向けられた。
「私は、あの男が大っ嫌いなのよ！　あの男の妻でいる私自身でさえ汚らわしい！　そんな私に、あの男の何を理解しろって言うの!?」
　志帆から吹き出す火の粉が、雛子へと降りかかる。肌に滲んだ熱い焦げ跡は、今の志帆の瞳に似ていた。赤く腫れ、感情を溢れ出させて潤んでいる。
「幸せな子ね、お嬢ちゃん。あなたはまだ、愛を失った人間の地獄を知らないのよ」
　志帆は雛子へと、哀れみの表情を向ける。そして志帆自身にも、その顔を差し出した。雛子によく似た、かつての自分に。恋の苦しみを知らなかった、あの頃の愚かな自分に。