やくたたずの恋
31.ワルツは、あなたと。(後編)
 何とか辿り着いたタクシー乗り場から、タクシーに乗っている間も、『Office Camellia』の事務所のあるマンションに着いた後も。波はずっと、雛子へと押し寄せていた。どす黒く濁った、志帆の感情のうねりと共に。
 一秒でも早く、恭平の下に戻りたい。志帆の波に捕まりたくはない。彼女が棲む世界に引きずり込まれたくもない。早く。早く!
 泡立つ波に煽られ、事務所のある部屋の前へとなだれ着くと、雛子は急いでチャイムを押した。
「おう、お帰り」
 いつものように咥え煙草のまま、恭平は出迎える。そんなしどけなさも今は愛しい。
「ただいま戻りました」
 礼をしながら、雛子は開いたドアに体を捻じ込む。逃げるようにして入った事務室には、悦子の姿はなかった。
「……あれ? 悦子さんは?」
「カオルの迎えに行ったんだ」
 背後からの恭平の声に、波の音が掻き消される。雛子はほっとして、ソファへと座り込んだ。足下が浸っていた海の色。それと同じ色に染まった顔を、テーブルのガラスの天板に映し出した。
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