やくたたずの恋
 この人を、志帆は待っている。ガラスの靴を携えた彼が、迎えに来てくれるのを。星野からはダイヤモンドの靴を与えられながらも、それを履くことなく、裸足で恭平だけを待ち望んでいるのだ。
 その足は、あの絶望の海に浸っている。ぽたりぽたりと、彼女の感情が溜まってできた海は、恭平のいる場所へと浸食を進めていた。そして、すぐそこにまで迫っている。
 ザン、と尖った波の音が、雛子の耳に響いた。
 嫌だ。逃げなくちゃ。雛子は恐怖のままに突き出した足を、ソファの角に引っかけた。そのまま前のめりになり、恭平の胸に飛び込んでしまう。
「お、おい! 大丈夫か?」
 肩を揺する恭平に、雛子は反応しない。ドアの向こうに来ている波の音に、雛子の心は掻き乱され、大きな渦潮を生み出していた。
「……どうした?」
 恭平の吐息が、頭を撫でる。そのぬくもりに身を任せようと、雛子は恭平の胸にしがみついた。
「このままで……いさせてください」
 甘える子犬のように、雛子は恭平のシャツに鼻を擦りつけた。何度か息を吸い込むうちに、彼の煙草の匂いが自分のものになる。
 これを繰り返せば、いつか彼と一つになれる――そんなまやかしで気持ちを落ち着かせつつ、雛子は口を開いた。
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