やくたたずの恋
「志帆さんは、ずっと恭平さんのことを好きでいるんですね。だから……あんな風になってしまって……」
「あんな風って……やっぱり今日、何かあったんだろ? 言ってみろ」
 恭平の手が雛子の背中を撫でる。スケベなおっさんなのに、こんな時の手にはいやらしさが1ミリグラムも含まれていない。純度の高い、優しさのボディクリームを、しっとりと塗り与えるのだ。
 おっさんったら……ずるい! 人の弱みにつけ込むように、優しくなるんだから!
 こんなことをされたら、心が手懐けられてしまう。頭では恭平を責めながらも、体はふにゃふにゃに溶けていく。
「怖かった……。私も好きじゃない人と結婚したら、志帆さんのようになってしまうんじゃないかって……」
 一言一言、零れ落ちていく度に、聞こえていたはずの波の音が遠ざかる。その代わりに、恭平の鼓動が強く響き始めた。
 顔を上げれば、おっさんに戻った恭平がこちらを見下ろしていた。おっさんだけど、それでも好きだ。王子様じゃなくても、好き。今の恭平が好きだ。
「私、恭平さんのことが好きです」
 小さな唇が吐き出す、愛の言葉。それは純粋な音として空気を震わせ、恭平の心にリン、と響く。
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