やくたたずの恋
「でも……好きな人と結婚できるなら、志帆さんの身代わりになっても構わないんです。だから、恭平さんが私を見てくれなくても……」
「だから、違うんだよ!」
 背を丸め、恭平は叫ぶ。その表情は、スケベなおっさんでも王子様でもない。32歳の、ただの男のものだった。
「お前は、志帆の身代わりでもないし、俺は……お前を……」
 そこで言葉は止まり、恭平の顔が赤く色づいていく。視線もメダカのように、落ち着きなく動き回っていた。
 一体、何のことなのか。雛子の苛立ちのゲージが、一瞬で満タンに達する。
「……何ですか? はっきり言ってください! 私が何なんですか?」
 嫌いなら嫌いと、言ってほしかった。愛されるとか、相思相愛とか。そんなもののてんこ盛りのシチュエーションなど、最初から望んでいない恋なのだから。
 父のために恭平と結婚する。だからこそ、恭平を好きになった。それだけのはずだ。そう思えば、辛くない。大丈夫。オールオッケー。
 だから、嫌われてもいい。好きになってくれなくても平気。志帆を好きなままでもいい。恭平が恭平として、ここにいてくれれば。
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