やくたたずの恋
 彼女のブラウスの感触が、恭平の頬に触れる。無垢なコットンの感触を、自分の心の澱が汚してしまわないだろうか。そんな不安は、雛子の可愛らしい鼓動によって浄化されていく。
「恭平さん……大好きです」
 雛子の声は、恭平の暗く曇った心に高く響いた。夜でも美しく鳴くというナイチンゲールのように、この世に本当の闇など存在しない、と高らかに宣言するものだった。
 そしてそれは、恭平を赦してくれた。生きる喜びを感じることも、自らの手で幸せを掴むことも、全て正しいことなのだ、と。志帆を不幸にしてしまった自分にも、そんな権利は残されているのだと、教えるように。
 恭平は彼女の背中に手を伸ばし、引き寄せる。もう離したくはない。きっと、離せないだろう。そんな予感を抱えつつ、零れそうになる涙を必死で堪えていた。
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