やくたたずの恋
 まさか、この人と……私が結婚?
 いまいち信じられない雛子は、心の中にある期待を必死で掻き集めて、影山社長に目で縋った。
「えっと……ご縁談っていうのは、この方のお孫さんと、ってことですか?」
「違う違う! この人、本人とだよ! 『山崎ビルディング』って不動産会社を知ってるだろう? この方はね、そこの創始者で、現在は会長をなさっているんだ」
 嘘。嘘だ。雛子は何度も言葉にせずに叫ぶ。
「山崎会長はな、この前、雛子ちゃんをパーティーで見かけたらしいんだ。それ以来、雛子ちゃんを気になっていたそうでねぇ。雛子ちゃんが結婚してくれるのなら、横田先生を全面的にバックアップする、と約束してくださってるんだ。これなら、今度の選挙もバッチリ、ってもんですなぁ!」
 妙に明るい影山社長の声が、不気味なBGMとして聞こえてくる。お化け屋敷の入口に流れる、これからの恐怖を煽るような音。
「……まぁ、山崎会長は、歳をとっておられるし、好色で、離婚歴もあるけれど、問題はないよ。ねぇ、横田先生?」
 いや、問題は大ありだろう。影山社長の言葉から、良い要素を探す方が難しいほどだ。
 なのに雛子の父は、黙ったままで影山社長の言葉に頷いている。その顎の動きに合わせて、ぐらん、と足下が揺れ、この世界が崩れていく――そんな感覚を、雛子は抱いていた。
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