やくたたずの恋
 きっとこうして、志帆のことも追い込んだのだろう――雛子には容易く、想像がついてしまう。
 恭平を好きだった志帆。彼女が、両親を救うための星野の結婚と、恭平を天秤にかけられた時、どう思ったのか。
 ただひたすら、恭平との未来を信じたかったに違いない。だけどその想いは、「親のため」という洗脳によって、跡形もなく萎んでいったのだろう。
 雛子でさえ、こうも「横田先生のため」と言われ続ければ、一体何が正しいのか分からなくなってしまう。恭平が好きで、彼と結婚したいと思っていることが、罪だとさえ思えてくるのだ。
 しかし、この心の炎を消す訳にはいかない。せっかく手に入れた、恭平への「好き」という気持ちを、まざまざと見捨てることなどできない。
「なぁ、雛子ちゃん。どうだい? 山崎会長と結婚することを、考えてくれるかい?」
 ソファから立ち上がった影山社長は、雛子へと近づく。
 来ないで! 迫る悪魔を払うように、雛子は急いでドアを開け、部屋を飛び出した。
「お、おい! 雛子!」
 後ろから父の声が聞こえるが、振り返ることもなく、雛子は玄関へと一目散に駆けていく。
「雛子? どうしたの?」
 何事か、とリビングから出てきた母にも返事をせず、雛子は外へと駆け出していった。
< 371 / 464 >

この作品をシェア

pagetop