やくたたずの恋
 敦也は恭平たちと距離を置くように、通路の途中で立ち止まる。
 いつも彼から漂っている爽やかな風は、この時ばかりは感じられない。甘みたっぷりの顔立ちも、今はダークなチョコレートの苦みを含んでいる。そして、大きな瞳から注がれる視線にも、スパイスをたっぷりとまき散らしていた。
「影山社長は、お前と雛子ちゃんの結婚の話を破棄して、雛子ちゃんを『山崎ビルディング』の会長と結婚させようとしてるんだ」
「山崎の会長って……あのジジイだろ? もう80を余裕で過ぎてるんじゃないのか? しかも……」
 恭平の記憶の中にある、山崎の映像が浮かぶ。『影山興業』の上客である山崎には、パーティーや会合などで何度か会ったことがあった。いつも美しい女性を横に侍らせ、鼻の下を万里の長城並みに伸ばしているような男だったはずだ。
 そんな奴と、雛子が結婚する。その事実を目の当たりにして、恭平の顔が不安で歪む。敦也はその気持ちに同意するように、大きく頷いた。
「そう。しかも、これまで若い妻を何度も迎えては、離婚を繰り返してる人だよ。あの歳になっても、愛人も片手の指じゃ足りないほどだ、って噂だしね」
 うそ……。そんな人と、私が結婚……?
 恭平の腕の中で、雛子の体がきゅっと萎む。花冷えの春に桜が凍えるように、その軽やかな色をなくしてしていた。春爛漫が、一気に冬景色へと逆戻りしていく。
 そんな雛子の様を眺め、敦也は大きくため息をついた。
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