やくたたずの恋
「僕が父に頼み、横田議員の借金の肩代わりをして、雛子ちゃんを僕の妻にする。そうすれば、雛子ちゃんはこれ以上傷つくことはない。今なら、まだ間に合うだろう」
 恭平の前で立ち止まった敦也は、腰を屈めて、その胸にいる雛子を見た。体じゅうに不安を溢れ出させた彼女にも、可愛らしさを感じてしまう。それは、愛しさからくるものではない。彼女が、自分の餌となるべき存在であると知る、獣の本能がなせる業だ。
「雛子ちゃん。君が僕にオプション付きでレンタルされることを引き受けたら、志帆ちゃんは君の言うことを聞くって、志帆ちゃんと約束したんだろう?」
 びく、と雛子の体が、恭平の腕の中で跳ねる。恭平は一層腕に力を込め、敦也を睨みつけていた。今や死刑の宣告人の雰囲気を漂わせた敦也は、そんな二人の様子を目で味わい尽くす。彼らの別れを、遠くに見ながら。
「それを確認するために、志帆ちゃんも呼び寄せてあるんだ。これから、彼女もここにやって来る」
 ザザ、とまた聞こえてくる。あの恐ろしい波の音が、雛子の耳に食いつき、轟く。
 全てを悲しみの沖へと流し出し、決して戻ることを許さない海が、そこまで迫りつつあった。
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