やくたたずの恋
 恭平の揺れ動く心に合わせて、波が一気に押し寄せ、足下を浸し始める。冷たく粘り気のある海の感触。その中に、高いヒールの音が響き始めていた。
「あら、皆さんお揃いなのね」
 志帆の声に顔を上げれば、エレベーターの方向から歩いてくる彼女の姿が見える。志帆へと微笑む敦也には、いつもの甘い雰囲気が戻っている。
「志帆ちゃん、悪いね。突然呼び出してしまって」
「ううん、大丈夫よ。だって、これで分かるんでしょう? 雛子ちゃんの覚悟がどんなものかが」
 羽織ったトレンチコートの裾の動きと共に、志帆が形を変える。恭平と初めて出会った、中学生の頃。お互いに好きだと思い始めた、高校生の時。そして、同じ大学に通い、いつも笑顔を見せてくれていた、一番好きだった頃の彼女へと変わっていく。
 だが志帆は既に、あの頃の彼女ではない。分かっている。分かっているのに、気づいていないフリをしなくてはいけないのだ。
 来るな。頼む、来ないでくれ。
 恭平は心で叫ぶ。志帆の波は、おそらく雛子を襲うだろう。だがそれは見せかけだ。志帆は恭平だけを狙っている。
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