やくたたずの恋
「恭平さん!」
雛子の涙混じりの声が、ドアが閉められた玄関の中に聞こえてくる。もう、彼女を波が襲うことはない。あとは、彼女が流している涙が乾けば、全てが終わる。
恭平は玄関の中で留まりながら、ふぅ、と大きく息をついた。
「これで……満足か?」
背後にいた志帆は、その声に視線を上げる。ここには彼と自分しかいない。なのにその問いは、明らかに志帆には向けられていなかった。
「これで俺は、お前と一緒に地獄に棲むことしかできなくなった。もう、地上の明るい光を、見ることもない。……それで、お前は幸せなんだよな?」
「もちろんよ」
目の前の見慣れた背中を眺め、志帆は頷く。それは次第に粒子が粗くなり、ゴツゴツとした塊として見えてくる。
もう彼には、何も残っていないのかも知れない。大きな口を広げる笑顔も、優しく抱き締めてくれる腕も、いつもキスをまき散らしてくれた唇も。悲しみの海で洗われ、削られて、12年の間に全て失われてしまったのだ。
それでも彼は彼。そして彼は、私のもの。
志帆はその想いだけを胸に抱え、恭平の背中にそっと額をつけた。
雛子の涙混じりの声が、ドアが閉められた玄関の中に聞こえてくる。もう、彼女を波が襲うことはない。あとは、彼女が流している涙が乾けば、全てが終わる。
恭平は玄関の中で留まりながら、ふぅ、と大きく息をついた。
「これで……満足か?」
背後にいた志帆は、その声に視線を上げる。ここには彼と自分しかいない。なのにその問いは、明らかに志帆には向けられていなかった。
「これで俺は、お前と一緒に地獄に棲むことしかできなくなった。もう、地上の明るい光を、見ることもない。……それで、お前は幸せなんだよな?」
「もちろんよ」
目の前の見慣れた背中を眺め、志帆は頷く。それは次第に粒子が粗くなり、ゴツゴツとした塊として見えてくる。
もう彼には、何も残っていないのかも知れない。大きな口を広げる笑顔も、優しく抱き締めてくれる腕も、いつもキスをまき散らしてくれた唇も。悲しみの海で洗われ、削られて、12年の間に全て失われてしまったのだ。
それでも彼は彼。そして彼は、私のもの。
志帆はその想いだけを胸に抱え、恭平の背中にそっと額をつけた。