やくたたずの恋
 志帆が悲しみに染まり、心を閉ざしてしまっても、恭平は彼女をずっと愛していた。彼女の本当の姿を見つけようと、必死でもがいていた。
 そんな彼を、雛子は好きだった。彼に裏切られ、傷ついた今でも、まだ恭平を好きだった。
――女はな、好きな男と結婚するべきなんだよ――
 そう言ったのは、あんたでしょ? おっさん……。
 雛子はどこにもいない恭平に心で叫び、敦也の腕を振り払った。そして回れ右をして、部屋の端へと走っていく。
「ひ、雛子ちゃん!?」
 追いかける敦也から何とか逃げようと、壁沿いにあるバスルームのドアを開け、その中に飛び込んだ。急いでドアを閉めて内鍵をかけ、ドアを背にしてへたり込む。
「おい、雛子ちゃん! 頼む! 出てきてくれ!」
 敦也がドアを叩く振動で、視界が揺れた。その中で白いバスルームの壁が滲んで、雨になる。降り続くその滴は、雛子の心の中に悲しみをたっぷりと含ませていった。
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