やくたたずの恋

     * * *


「あの子を手放した後悔で、あなたの心は潰れている。あなたをそうすることができたのは、私だけだったはずなのに」
 志帆が話せば話すほど、恭平の周りには冷たい空気が漂う。きっとこれは、ずっと前から志帆が放っていた北風なのだ。それに気づかないフリをして、やり過ごしていただけに過ぎない。
「だから……あいつをハメたって言うのか? 雛子を……お前と同じ目に遭わせようとして……?」
 だから何だって言うんだ。くだらねぇ。
 既に起こってしまったことの、状況確認など無駄なことだ。恭平は自分で吐き出した言葉に嫌気を覚えながら、煙草を灰皿に押しつける。そして改めて、横にいる志帆を見た。
 こちらを見る彼女の表情には、かつての面影は残っている。傍にいるだけで楽しくて、あたたかで、触れずにはいられない存在だった彼女の名残りが、僅かにこびりついていた。
 だが今は、そんな思い出の粒には何も感じない。薔薇の色を持つ瞳が瞬こうとも、濡れた唇が囁こうとも、恭平の心はぴくりとも動かない。こうして見つめ合っていても、哀れな女を眺めている感覚しかないのだ。
 ああ、そうか。恭平はやっとのことで大きく息をつき、顔をくしゃくしゃにして笑った。大声を上げて、腹を抱えて笑いたい気分だった。
 何だ。そうだったのか。はっきりと今、分かったことが一つだけあった。
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