やくたたずの恋
「……なぁ、志帆。俺はお前を好きだったよ。だけど今のお前は……俺の好きだった志帆じゃないんだな」
 志帆から吹いていた冷風が、ぴたりと止む。微笑んでいた彼女の頬も力をなくし、ゆっくりと垂れ下がりつつあった。
「そして、お前をそうさせてしまったのは……俺だ。俺が、いつまでもお前の幸せを願ってやれなかったから……」
「……何を言っているの?」
 それ以上言葉を続けられてしまえば、結末は見えている。志帆はその口を止めたい一心で、恭平の体を揺すった。
 揺れ動く恭平の視界に、志帆の姿が乱れて映る。壊れたテレビのようにひび割れ、ノイズのままに自らの姿を歪ませていた。
「今のお前を、俺は愛せない。お前もそうじゃないのか? お前だって、今の俺を本当に好きなのか?」
 そうだ、とはっきりと答えなければいけなかった。なのに志帆の口からは、震えた吐息ばかりが溢れ出す。
 恭平は、それが彼女の返事だと確信した。彼女もその事実に気づいていて、お互いに嘘をつき続けていただけなのだ、と。
「たとえ俺が愛さなくても、今のお前を愛してくれる人はいる。その人を愛さなきゃ、お前はいつまでも地獄の住人のままだ」
「わ、私は……それでもいいの! 恭平と一緒にいられれば、それだけで……」
「それじゃあダメなんだよ! 俺もお前も!」
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