やくたたずの恋
37.恋を、終わらせよう。(後編)
恋が終わる――その言葉が恭平の口から零れた瞬間、彼が見知らぬ男に変わる。同じ時間を一緒に過ごし続けてきた恭平が、志帆の視界から姿を消してしまった。
遠くで海が鳴く音を聞きながら、志帆はそっと瞼を閉じる。頬を伝う溢れた涙が、今の志帆が何者であるかを際立たせていた。
分かっていたはずだった。恭平もあの頃の恭平でなければ、自分だってあの頃の自分ではない。歳をとったとか、恋人でいられなかったとか。そんなものは関係ない。今の二人は、お互いが求めている相手ではない、ということが事実であるだけだ。
それでも志帆は、恭平の傍にいたかった。それだけが、自分があの頃と変わらぬ、美しい人生を歩む人間だと自覚できることだったのに。
恭平は志帆をソファに残し、デスクに向かって歩いていく。その横にあるポールハンガーからジャケットを取り、素早く羽織った。
ソファから動けない志帆は、涙で霞む目をその姿に向けていた。
「……どこに行く気なの?」
「敦也のいるホテルだよ。ヒヨコを迎えに行く」
「ダ、ダメよ! 行かないで!」
志帆は立ち上がり、重力を一身に受けた足で歩き始める。後ろから迫る海が、志帆の体を羽交い締めにして、前へと進ませてはくれない。それでもがむしゃらに前へと進み、つんのめりながら恭平の胸に飛び込んだ。
遠くで海が鳴く音を聞きながら、志帆はそっと瞼を閉じる。頬を伝う溢れた涙が、今の志帆が何者であるかを際立たせていた。
分かっていたはずだった。恭平もあの頃の恭平でなければ、自分だってあの頃の自分ではない。歳をとったとか、恋人でいられなかったとか。そんなものは関係ない。今の二人は、お互いが求めている相手ではない、ということが事実であるだけだ。
それでも志帆は、恭平の傍にいたかった。それだけが、自分があの頃と変わらぬ、美しい人生を歩む人間だと自覚できることだったのに。
恭平は志帆をソファに残し、デスクに向かって歩いていく。その横にあるポールハンガーからジャケットを取り、素早く羽織った。
ソファから動けない志帆は、涙で霞む目をその姿に向けていた。
「……どこに行く気なの?」
「敦也のいるホテルだよ。ヒヨコを迎えに行く」
「ダ、ダメよ! 行かないで!」
志帆は立ち上がり、重力を一身に受けた足で歩き始める。後ろから迫る海が、志帆の体を羽交い締めにして、前へと進ませてはくれない。それでもがむしゃらに前へと進み、つんのめりながら恭平の胸に飛び込んだ。