やくたたずの恋
 彼の筋肉の感触も、高めの体温も、仄かに漂う汗の匂いも。どれも志帆に馴染んだ、懐かしいものだった。だけど、期待していたはずの彼の腕はやっては来ない。志帆の体を包み、抱き締めることを、恭平はしなかった。
 恭平に触れながらも、体は無限の宇宙へと一人放り出されている。その孤独で恐ろしい感覚を顔に出すことなく、志帆は微笑んだ。
「あなたは行かない方がいいわ。もしかしたら……あの二人、うまくいってるかも知れないわよ。あのお嬢ちゃんだって、自分を見捨てたあなたを恨んでいるんじゃない?」
「それでもいい。構わない。ここであいつに手を差し伸べなきゃ、また不幸な人間を生み出すだけだ。それを教えてくれたのが、お前だろ?」
 恭平は志帆を引き離し、真っ直ぐに見つめた。月の美しさを持つ彼女には今、雲がかかり、ぼんやりとした光しか放っていない。
 だけど、大丈夫。この雲を晴らしてくれる人がいるだろう。そう思い、恭平は志帆の手を取って、その甲に優しく口づけた。
「さよなら、志帆。大好きだった」
 熱い唇が烙印を押し、離れるまでの間、志帆にはあの頃の恭平の姿が見えた。二人で一緒に長い時を過ごし、愛を交わし合っていた、若き王子様の恭平が。
 だがそれは、一瞬の光を放った後、花火のようにすぐに消えてしまった。
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