やくたたずの恋

     * * *


「雛子ちゃん! いい加減、出てきてくれ!」
 雛子が閉じこもったバスルームのドアを、敦也が叩き続けて30分は過ぎていた。
 バスルームからは返事もなく、物音一つもしない。そこに雛子がいるのかどうかさえ怪しくなってしまう。雛子が液体となり、バスルームの排水溝をうねって脱出してしまったのでは、とさえ思えるほどだ。
 敦也はドアを叩いていた手を休め、ため息をつく。
 あっさりと雛子が納得するとは思っていなかったものの、ここまで拒絶されるとは。だがそれでも、彼女を何とか手に入れたい。可愛らしいあの子を自分の傍に置きたいのはもちろん、彼女の父親とのコネクションだって魅力的だ。
 そんな「美味しい」獲物が、目の前にいるのだ。それをみすみす、見逃す訳にはいかない。何とか無理矢理にでも、彼女を自分のものにしなくては。
 恭平から志帆を奪い取った星野も、こんな気分だったのだろうか? そう思えば、自然と笑みが零れてくる。ははは、と悲しみを帯びた声を上げて、敦也は笑った。
 その時だった。部屋のチャイムが突然鳴ったのは。
 雛子と二人だけのこの部屋に、来客などあるはずもない。いたずらだろうか? それともホテルの従業員か? 敦也は訝しさを漂わせながら、バスルームの前を離れ、ドアを開けた。
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