やくたたずの恋
「分かった。お前、帰っていいよ」
「は?」
「いいから、さっさと帰れよ! うちのオプションは、あくまで女が納得した時にだけ有効なんだからな! フラれた女に、ずるずると縋ってんじゃねーよ!」
 恭平がまくし立てる時は、何かの意図を隠していることが多い。その秘められた意図は、往々にして重要なことだ。それは敦也が大学時代に気づいた、恭平の「傾向と対策」だった。
 彼が雛子を追ってここまでやって来たならば、きっと何らかの覚悟を持っているということだろう。仕方ない。敦也は肩を落とし、息を吐き出した。
「……分かった。今日はひとまず退散するよ」
 部屋の奥にある椅子の上から鞄を取り、敦也は恭平へと振り返った。
「だけど、まだ手はあるからね。僕は雛子ちゃんを諦めない。それに……お前が影山の家に、素直に戻るとは思えないしな」
 我ながら、情けない捨て台詞だ。だが、ここは体面を気にする場合ではない。雛子を手に入れるためにも、ここでは一歩引き、別の場所で何歩も進んでおけばいいだけの話だ。
 そう心に近い、敦也は恭平に一瞥もくれず、部屋を出た。
 ドアがゆっくりと閉まり、オートロックがかかる。何かの始まりを告げるように鳴る、ロック音に背を押され、恭平はバスルームのドアの前に立つ。そして思いっきり、足でドアを蹴り上げた。
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