やくたたずの恋

「バ、バカ！　本気にすんなって！　冗談だよ、冗談！」
「冗談にも程があります！」
　怒りの治まらない雛子を見て、恭平は不謹慎な笑みをこぼす。
　こいつの本気さには敵わない。そんな諦めと降参の笑顔だ。だけど心地のいい、甘い敗北の感触に、更に笑顔は膨らんでいく。
「あのなぁ……よく考えてみろよ。俺は数年後には、加齢臭にビビり始めなきゃならない、32のおっさんだ。で、そんなおっさんが、ピッチピチの22歳のお前に言うとなれば、結構な覚悟が入るんだよ！」
「言うって……私に何を言うんですか？」
　腹立ちの気持ちを急に引っ込め、雛子は首を傾げる。小鳥が仲間たちの声に耳を澄ませるような、愛らしい仕草。それを他の男には見せるまい、とするかのように、恭平は雛子を抱き締める。そしてすぐさま彼女の耳に唇を寄せ、秘密を語るように囁いた。
「好きだよ、雛子」
　恭平のものとは思えない、甘い声。おっさんが発したとは思えない、くすぐったい言葉。
　うそ。信じられない。アンビリーバボー。一瞬の無反応の後、現実を受け入れられない言い訳の言葉が、雛子の頭に溢れ返る。
　だけどここには、嘘も幻もない。彼の言葉も、声も、腕も、煙草の匂いも、全てが本物だ。紛れもない愛情を抱えた恭平が、雛子を包んでいた。