やくたたずの恋
* * *
上弦の月が、アスファルトの黒い照りを見せつける。その中を、跡を付けるように踏み締め、志帆は自宅へと戻った。
ドアを開け、電気を点けずに玄関から上がる。目の前の暗い廊下が、一筋の明かりで切り抜かれていた。それは、リビングのドアの隙間から漏れているものだった。
星野がそこにいるのだろう。そう思えば、直接自分の部屋に行ってしまいたかったが、喉が渇いているので仕方がない。足を引きずって廊下を進み、リビングへと入った。
「おかえり」
奥にあるテレビを見ていた星野は、首をこちらへ向けながら微笑んだ。だがその顔は、すぐに戸惑いのものへと変わった。
「随分と暗い顔をしているね。……何かあったのかい?」
「何でもありません」
ついさっきまで、恭平の事務所で泣いていたことを悟られたくはない。志帆は顔を俯け、ソファの上にコートを脱ぎ、オープンキッチンへと向かう。冷蔵庫からミネラルウォーターの瓶を取り出し、コップに注いだ。
泣き叫んだ喉を冷まそうと、一気に飲み干し、ため息をつく。その姿を、星野は心配そうに見つめていた。