やくたたずの恋
「君がこんな時間まで、外出しているのは珍しいな。誰かに会っていたのかい?」
「……いいえ」
 星野は車椅子を動かし、彼女の顔が見える位置へと近づいた。だが志帆は、背を向けてキッチンの奥にある食器棚と向き合ってしまう。その背中は、深い悲しみとしての羽を纏っていた。
 彼女が暗い表情をするのは、今に始まったことではない。結婚してからというもの、志帆は明るい表情を見せたことがないのだから。
 それにしても今日は、はなはだしいほどの憂鬱さを抱えているように見える。星野はしばらく考え込んだ後、「そうだ」と声を上げた。
「よかったら、私の部屋に来てくれないか? 君にお願いしたいことがあってね」
「……構いませんけど」
 星野の明るい声を鬱陶しく感じながらも、志帆は答える。そして星野と共に、彼の部屋へと向かった。
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