やくたたずの恋
 膨らみを持つホルンの音が空中に散らばり、落ちてくる。その欠片の隙間を縫って、ヴィオラやチェロと一緒に、星野をエスコートするように体を傾けた。
 リズムには何とか乗れるものの、星野を動かすことに気を取られ、自分のステップを上手く踏むことはできない。音楽を全身で味わう、というダンス特有の楽しみも感じられない。
 こんなものは、ダンスではない。志帆はそう思いながらも、恭平とこの曲で踊った日のことを思い出していた。
 憧れの的だった恭平が、ダンスのパートナーに自分を選んでくれたこと。それを友人たちに羨ましがられ、誇らしかったものだった。自分がこの世の主役だと疑わず、輝かしい未来だけを見ていたあの頃。
 それが幻だったなんて、思いたくもない。彼と過ごした時間を、「思い出」などという骨董品にはしたくなかった。
『花のワルツ』の煌びやかな演奏は、見事に音を切り上げで消えていく。星野は静かに車椅子をバックさせ、志帆から離れた。そして、腰を折るようにして頭を下げた。
「ありがとう。君と踊りたいと願い続けて、やっと踊ることができた。君とじゃなきゃ、ダメだったんだ」
「ダンスなんて……誰とでもできることです。私じゃなくたって……雛子ちゃんと踊れば、十分でしょう?」
 志帆は視線を落とし、ため息をつく。誰にだって、「この人でなければ」という相手が存在するだろう。だけど志帆は、そんな人をついさっき失ってしまった。
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