やくたたずの恋
「僕の父が、3日後に政財界の関係者を招いたパーティを開く予定でね、その場で君と僕との婚約を発表したいと考えているんだ」
 何だこれは。人生ゲームのごとく展開が早い。この調子なら、一年後には億万長者になって田園調布に家を建て、孫までできていそうな勢いだ。
 知りたくもない未来を見せられた気分になり、雛子は小柄な体を更に縮めてしょぼくれる。いつもなら春の妖精としての可愛らしさで溢れる顔も、冬ぐもりの気配を漂わせていた。
「そんな顔しないで。僕は君の明るい笑顔が大好きなんだから」
 敦也は苦笑いしながら、雛子の頬に軽いキスをする。
 気持ち悪い。そう思えば、頬を拭わずにはいられない。そこは2時間前には、恭平が「おはよう」と言って、口づけてくれた場所なのだ。
 手の甲で何度拭っても、敦也の唇の跡は消えず、大切な感触だけが削られていく。
「じゃあ、僕の父と一緒に、夜にでもまた伺うよ」
 頬を赤くするほどに擦り続ける雛子に、敦也は念押しとして言葉を続ける。
「それと、分かっているだろうけど……もう恭平の所へは行かないでくれよ。君は既に、僕の婚約者となったんだからね」
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