やくたたずの恋
――だけど、まだ手はあるからね。僕は雛子ちゃんを諦めない――
 そう言って、あの夜にホテルを出ていった敦也。あいつが雛子と結婚しようと、何かをしているに違いない。そう予想はつくものの、何もすることはできない。
 チョキの出ないじゃんけんのように、恭平がグーとパーを繰り返していると、玄関のチャイムが鳴った。悦子が玄関へと向かい、ドアを開けると、そこには敦也が立っていた。
「あら、敦也さん。おはようございます」
「おはよう、悦子ちゃん。恭平はいる?」
「ええ。ここ数日、ちょっと元気がないんだけど……とりあえずいますよ」
 敦也はいつものように部屋へと上がり、廊下を進んで事務室へと入る。入口から真っ直ぐに進み、恭平のデスクの前へと立った。
「……どうした? 朝からここに来るなんて、お前も随分とヒマな野郎だな」
 恭平は煙草に火を点け、一息吸った後、真正面に煙を吐き出した。敦也のダークスーツが煙で白んだ中に、ふふ、と敦也の笑い声が響く。
「恭平、お前は雛子ちゃんを待ってるんだろう?」
 いきなり出された雛子の名に、恭平は視線を強める。それに対し、敦也はギャンブラーのような頬の動きを見せた。あと一枚揃えば、ストレートフラッシュ。切り札はこちらにある、と言うかのように。
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