やくたたずの恋
「雛子ちゃん、笑って。そんな暗い顔をしていると、怪しまれるよ」
 隣にいる敦也が、ことあるごとに声を掛けてくる。ハイ、ワカリマシタ。マシーンとなった雛子は、とりあえず口角を上げてみる。だが、その努力は長続きせず、頬は重力に負けて落ちていく。
 こんな時に笑顔なんて、できるはずないよ……。
 このパーティの中盤には、望まない結婚の発表を控えているのだ。それでどうして、笑えると言うのか。
 それに、作り笑いはしたくはなかった。嘘の微笑みを浮かべる度に、その代償として、彼女の頬から恭平の感触が一つ一つ消えていくのが怖かった。
 彼がそっと唇を押し当ててくれた、あの感触。彼の髭が触れたむず痒ささえも、全て大事なものなのに。
 3日前に敦也との婚約が決まってから、恭平とは会えないでいる。せめて声だけでも、と思ってはいたが、携帯電話を敦也に取り上げられ、連絡も取れずにいた。
 好きな人と結婚できないばかりか、話すことすら許されない。誰にも助けを求められない。夕闇に似た薄暗い色で心が染まっていく。その先に待っているのは、何も見えない夜の闇だけだ。
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