やくたたずの恋

     * * *


 壇上の敦也の父は、マイクの前に立つと、誇らしげな顔で話し始めた。
「この度、私の息子が婚約を致しまして、ぜひその発表を……」
 拍手が起こった会場の中を、雛子は敦也と共に、ステージの横へと進む。そこで待っていた敦也の母親と雛子の両親の横に並び、敦也の父のゴーサインを待っていた。
「では、どうぞお上がりください。衆議院議員である横田広明先生のお嬢様の……」
 敦也の父が、ファンファーレのような声を上げた瞬間だった。会場のドアが勢いよく開き、大きな声が轟いた。
「ちょっと待った!」
 人々の動きだけでなく、時間そのものを止める声。「だるまさんがころんだ!」と唱えられたように、敦也の父は壇上で固まり、会場も凍りつく。
 その中を、動くものが一つだけあった。開いたドアから真っ直ぐに動く、謎の物体。そう思ったものは、物でも幻でもなく、肉体を持った一人の男だった。
 細身で長身。美しいスタイルの男が、体に合ったスーツを来ている。その上に乗った凛々しい顔も、美丈夫そのものだ。
「こんばんは。愛と信頼のキャッシング、影山興業です」
 ステージの前で立ち止まり、大きな声で名乗りを上げる男に、雛子は釘付けになっていた。
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