やくたたずの恋
 俺はお前を迎えに来た。ここから先は、お前が決めろ――その恭平の強い気持ちが向かい風になって、雛子へと吹きつける。
 恐れることはない。ただ、今の気持ちのままに動け。
 雛子の頭に浮かんだそれは、恭平の想いなのか、雛子のものなのか。もう区別はつかない。いや、そんなことはどうだっていい。雛子は無意識のまま、両手で敦也を押し退ける。不意のことによろける敦也に目もくれず、恭平の前へと出た。
「雛子ちゃん!」
 背後で敦也が叫ぶが、振り向くことはない。ここは私が、私の幸せを決める場所。そう覚悟を決めれば、あとは自分の心のままに、恭平と向き合うしかないのだ。
「影山さん、父がご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません。ですが私は、そんな借金の犠牲になどなりたくありません! だって私は……その借用書に書かれている金額ほど、安い人間ではありませんから!」
 その言葉は、突風として会場の中を吹き抜ける。ひしめきく木々となった会場の客たちは、お互いの枝を擦り合わせるようにざわめきの声を上げた。
 いまだ壇上にいる雛子の父や敦也の父は、観客として成り行きを見守っていた。雛子を背後から見つめる敦也もまた、一人の観客でしかなくなっていた。息詰まる感動とスペクタクルに圧倒され、全米も泣き、敦也も言葉を失っている。
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