ラヴィ~四神神葬~
「待てよ」
 背後の声に総司は止まった。
「術者の狙いくらい、俺にも読めている。お前が今からどこに行こうとしているのかも、俺には分かる。そうやって、お前は俺を裏切り続ける気か。お前は俺の・・・」
「俺は・・・」
 グッと拳を握り締めた。

「・・・俺は、お前を裏切れない」
 震える唇が覚悟の言葉を刻む。
「だけどッ」

 振り向いた総司は、深い琥珀色の双眼を見つめた。
「卓也がどうなってもいいのか。ずっと、気の遠くなるほど長い間、思い続けてきたんだろう。なのに」
「黙れ!」

 壁に拳を叩き付けた。
「俺があいつに抱いているのは、憎しみだけだ!」
 癒えない心の傷痕を、今も胸に秘めて・・・
 パラパラパラ・・・と、もろくなった壁の表皮が剥がれ落ちた。

「・・・この場所、清めないのか?また新たな覇妖が棲みつくぞ」
 唐突に話題を変えてきた彼をいぶかしみながらも、総司は答えた。
「ここに棲みついていたのは、人の心が変異した覇妖だった。だから本当の意味で解決できるのは、人自身の心だと俺は思う」
 考えて、考えて、考え抜くしかない。人のつくった迷路は、その人自身にしか解けないから。
 フッと雅樹は口角を曲げた。
「第三者はいらぬお節介を焼かない。手は差し伸べない、か。一見冷たく映る行為は、人を信じているからこそできる選択だ。だが・・・―甘いな」
 一歩、そして一歩。
 氷室の静謐に乾いた靴音がこだまする。

「痛い目を見るのは、いつも信じている人間だ。昨日まで信頼していた人間が、今日、手の平を返すことなんて珍しくない。俺はもう、あいつに裏切られるのはご免だ」
 耳元で彼はささやいた。

 だから・・・


「訣別の花束を贈ったんだ」


  二度とあいつの名前を呼ばないように。
     あの頃のあいつの記憶を思い出さないように。


「雅樹、お前は本当に・・・」
 本当にそれでいのか?
 その時だ。
 天井のコンクリートが轟音と共に崩落する。巻き上がった土ぼこりに視界は遮られ、息が止まる。
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