ラヴィ~四神神葬~
「最初の質問の答えだ。オレの名前は、高崎(たかさき)真(しん)」
 木漏れ日が不規則に踊った。
(来るなっ)
 冷たい汗が背中を伝った。
 背後でガサリと土を踏む音がした。

 少年が来る。
 本能が警鐘を鳴らす。
 ダメだ。彼と目を合わせては。

「来るな!」
「そうはいかないよ。オレは君に会いに来たんだから」
 ゾッとした。

 少年の無機質な瞳(め)。

 まるで「物」を眺めているような・・・
 背中越しに相手の気配を読み取った時には、突き刺さる憎悪を感じた。だが今、目の前にした彼の瞳はどうだ。蝋人形のような、なんて冷たい瞳なんだろう。
 真夏の日差しを受けた金の髪をかき上げる彼の手首で、チリンと銀鈴のブレスレットが鳴った。
「悲しいね、本当に・・・」
 キラリと耳元のピアスが光る。
「なんて、おびえた目をしてるんだ。これが本当に《彼の御方》だとは・・・」

 チリンっ。

 真の右手が振り上がった。ヒュンッと空気がうなる。彼の手が目前に迫る。

 ―ぶたれる!

 卓也が目をつぶる。
 ・・・が。

「殴ると思った?」
 音もなく、はらりと木の葉が一枚、地面に漂着した。
 卓也がそっと目を開くと、頬に触れる寸でのところで手が止まっている。
「それとも、オレに殴る気はないと知っててよけなかった?」
 不敵な微笑を真は降りかけた。
「今のお前には殴る価値もないよ。現実から逃げてるお前になんかね」
「僕は逃げてなんか・・・っ」

「だったら、なぜ、おびえているんだッ」

 その強い口調に、卓也の心臓は跳ね上がった。初めて感情を浮き彫りにした真の目が、卓也を捕えている。
「お前がおびえているのは、オレじゃない。お前自身だ。だからお前は記憶にカギをかけて、もう一人の自分ごと心の奥深くに沈め、消し去ろうとした。記憶の底に眠る、もう一人の自分が起きるのが恐いから。ねぇ、そうでしょう」
 心を見透かした目だ。
「だけどお前がどんなに逃げようとも、お前の中で《彼の御方》は確実に目醒め始めているんだよ」

 ゾクリと背中に戦慄が走った。
 今まで誰にも・・・総司にすら話したことのない、卓也の深層を言い当てた少年への得体の知れぬ恐怖だ。
「・・・君は、何者なんだ」
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