信心理論
「兄ちゃん?兄ちゃん!」
揺さぶられた肩から全身へと、大きな振動が伝わっていく。
ぼやけた頭と瞳が、頭上に立った人物の顔を、ゆっくりと認識する。
「シン……?おはよぉ…」
気の抜けた声に眉をしかめながら、その人物『シン』はもう一度僕の肩に手をかけた。
「おはよ。あのさぁ、俺のイヤホン知らない?携帯につなぐやつ!」
既に高校の制服を身にまとった男は、一気にまくし立てると、僕の答えを待つのさえ億劫そうにしていた。
3つ下の弟、シン。
高校2年生で、サッカー部で、次期キャプテンと言われていて……
僕とは正反対に、明るくて元気な奴。
そして、僕の唯一の家族。
だけど、僕の苦手な人種。
それは弟からしてみても同じで、弟は僕みたいに暗くて陰のような人種が昔から嫌いだった。
「あぁ……それならその、机の……」
言い終わらない内に、シンは僕の机を振り返る。
「あった!良かった~これで合宿に持ってける!」
そんな僕らでも、お互いがお互いの理解者だった。
僕はシンとなら普通に話すし、シンも僕となら、普通に話した。
兄弟愛、なんて立派なものじゃないけれど、それでも僕にとっては、シンが唯一の話し相手だった。
「合宿……?って、この間も行くって言ってなかったっけ?」
「は?何寝ぼけてんだよ。今日の放課後、学校から直接行くんだ、って。」
布団から顔だけを向ける僕に対して、シンは笑いながら言った。
そしてそのまま、開けっ放しのドアに向かって歩きだした。
「いや、だから、この間もそう言って……」
「いいから早く起きろよな。兄ちゃんも、もう大学行く時間だろ?」
シンは僕の言葉を遮ると、振り向きざまにもう一度笑って、そう言った。
パタン、と静かな音を立てて閉まった部屋のドアの向こうから、シンの元気な声が聞こえて、今度はバタンッ、と玄関のドアが音を出した。