(短編)君に微熱
安い飲み屋の前で、見慣れた姿を遠目に見つける。
まだ和泉、来てねーのかよ。
でも、あの様子じゃ待ち合わせがこの店で合ってるか不安がってるって感じか。
何やら店の前でウロウロしている。
行ってやるしかねーか。
「・・・おい」
肩を掴むと、瞳は一瞬、体をびくつかせた。
振り向いて、目の前に俺が立っていたことで、また更に動揺している。
「あ、雅」
「なにウロウロしてんだよ、ここだろ?先入ってよーぜ、さみい・・・」
つい今までの癖で、瞳の頭を軽く叩くと、彼女は驚いた顔をして俺を見上げた。
そんな顔すんな、と、頭に置いたままの手で更にぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す。
くそ、和泉のやつ、何やってんだよおせえ。
店内に入り、案内された個室席に向かい合って座ると、瞳が唐突に、髪伸びたよね、と言った。
更に、ずっと言おうと思ってて、やっと言えた、と続ける。
べつに、の一言で誤魔化しつつも、咄嗟に目にかかる前髪を分ける仕草をしてしまい、気にしまくってるみたいで、一人、はずかしくなった。
「おまたせ」
と、和泉が俺らの前に現れたのは、最初に注文した生ビールがちょうど運ばれて来た頃だった。
ついでに、来ていた店員にもう一杯生ビールを注文すると、和泉はコートを脱いで瞳の隣に座った。
「和泉が遅れてくるなんて珍しいね。何かあったの?」
「レポートの締め切りが明日まででさ、やってたら遅れた。ごめんね。」
これは、本当だな。
てっきり俺と瞳を二人きりにするために、ドタキャンするとか、そんなところだと思ったら。
どうやらそんなつもりはないらしい。
三人のグラスが揃い、乾杯をする。
三人で酒を飲むのは初めてで、ばらばらな「乾杯」の掛け声もどこか新鮮だ。
瞳は和泉が来たことで、幾分朗らかな表情を取り戻した。
「それにしても、雅はよく来たよね。俺、絶対来ないと思った。」
「お前が言うな、天然かよ」
お通しを口に運びながら、俺らのようすを伺う彼女に「瞳もびっくりしたでしょ」と笑いかける。
あざといやつ・・・
そして、そんな和泉の隣で顔を真っ赤にする瞳に、わかりやすいやつ、と心の中で同じようなツッコミをする。
そんな二人を横目に、箸をくわえながらインゲンとごまを和えたやつを咀嚼する俺。
もう、早いとこ付き合えばいいと思う。