Heat haze〜陽炎〜
夏も終わり

秋が近づいてきた頃


先輩は就活に追われていた

毎日着なれないスーツに身を包んで

今まで使ったことのない言葉で

企業に向かう先輩



私はそんな先輩を支える



「今度さぁ、旅行にでも行こうか?」


交差点の信号待ち
ふと先輩は言う


「旅行!?
でも、どこに行くの?
時間だって先輩はないじゃん。」


「それは、なんとかするよ。だから、行きたいところのリストアップしといて。」


楽しそうな先輩の横顔を見上げて私も微笑む


これでいいんだ


私はこの笑顔を奪えない

この人から嫌われたくない

卑怯者でいい

エゴでいい


〜〜♪


どこからともなく流れ出した音楽


そして
今一番聞きたくない声が重なった


『怖いんだよ…自分を見るのも見せるのも…―♪』



交差点のすぐ横のビルにつけられた巨大モニター


写し出されたのは

Heat haze

ビートに刻まれた
どこか悲しげなロックに
彼の声が舞う


『その温もりに心が揺れて…触れられないと分かっていながら抱き締めた

誰かを覗くのも
自分を見せるのも
拒み続けて来た僕には
君は月明かりのように優しかった

傷つくと言うのなら
同じだけ傷つこう


儚く触れられないものならただ君と一緒に…―♪』


歌詞が
歌が
声が

私の中でしまい込んだ気持ちに突き刺さる


「りょ…う?」


先輩の目の前にいるのに

私の心から溢れだした気持ちは

瞳を伝い溢れた


「どうした?
なにかあったのか?!
りょう?」


私に駆け寄り心配する先輩

それすら
私の心には届かなかった
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