いろんなお話たち
「あ~っ。もうっ」
帰路の途中。
量は減ったけど中々止まってくれない涙に嫌気がさして、ハンドリムから手を離した。
そうしてストッパーを止めて、顔をごしごしとこする。
「…なんでこんなにキレイなのよ…」
見上げた茜色の空。
その哀愁漂う色合いに、またも涙腺が緩む。
「(…最近泣いてばかりだな、私)」
早く魅紅ちゃんがトオルさんと付き合えばいい。
そうしたらすっきりするはず。
…でも、2人の姿をあまり見たくないかも。
だとすると、転校?
「(うーん…。今の学校はいろいろ理解してくれて、授業料払うの遅れたりしても待っててくれるけど、中々そういうトコないよな…)」
しかも何よりも。
設備的な問題が大きい。
私頭悪いから私立は無理だし。
顎に手をそえて考える。
「くるみゆい?」
「え?」
聞き覚えのある声に、振り向いたとき涙は止まってた。
「!! トオルさん―――!?」
ワインレッドのスーツに光沢のある赤色の胸元が開いたシャツ。
黒のサングラス…という一見本人のイメージとはマ逆の恰好だったけど、サングラス越しでもわかるその顔…そして何より…声。
「ははっ 違うよ」
男の人は私の声ににこやかに笑いながら歩み寄ってきて――サングラスを、外した。
トオルさんの灰色よりももっと薄い、綺麗な銀を含んだその灰眼……。
「俺の名前は輝一。トオルは俺の兄貴」
「おとうと…さん?」
うそ。
恰好はまるっきり違うけど。
そして髪形も違うけど。
似てる――ぱっと見は、全然わかんないよ。
「あ…いつも、お兄さんにはお世話になってます」
ぺこりと頭を下げる。
「へえ、兄貴ちゃんと先生やってんだ」
「あの…輝一さんは…お仕事は、その…」
「ん? ホスト」
や、やっぱり。
この顔だもん…モテるんだろうなぁ。
「で、そうそう」
「?」
「ホストって仕事上、もらうばかりじゃん? だからおくりものって何おくればいいかわからなくてさ」
え…? まさか……。
「丁度いいや、唯ちゃん。兄貴の誕生日プレゼント、一緒に選んでよ」
「ええっ」
私が~!?
「教師って何がいるんだ? チョークか?」
「いや、それは学校が用意してくれると……」
同じ顔してるけど、ちょっと抜けてる所があるのか。
隣で腕を組みう~むと悩む輝一さんに私は苦笑した。
二人並んで歩くと輝一さんの目立つ容姿も比例して人の目を多く感じる。
頬を染めて輝一さんを見る女性。
妬むような鋭い視線を向ける男性。
そして、男女隔てなく好奇の目を向けられる私。
中にはなぜ私が隣なのか、不満そうな女性の目も。
「日常で使えるのがいいと思いますよ。トオルさんはいつもスーツなんでネクタイとか、あとは文房具とか」
あえてハンカチはその中に入れなかった。
「そっか。ん~……」
それでもしっくりこないのか、輝一さんは腕を組んで眉根を寄せたまま。
「……そういや、唯ちゃんは渡したのか?」
「え」
かと思いきやあらぬ方向に話の軸が向き、
「あ…わ、渡してない…です」
「へ~…意外」
「意外?」
「小さい頃、俺の家と唯ちゃん家と。家がトナリ通しだったでしょ? 誕生日の時は毎年何かしら渡してたじゃん、その時の兄貴の嬉しそうな顔。お菓子なんてさっさと食えばいいのに、部屋にいつまでも飾ってとっといてあってさ。人形とかはまだ持ってんじゃないの?」
「人形…?」
「あれ、忘れちゃったの? そっか、唯ちゃんにとっては大したことじゃないのか」
「ごめんね」と冗談交じりに笑った輝一さんに、「私の方こそ」と謝る。
謝るけど、浮かべるのは笑顔。
軽い感覚で昔のことを口にしたんだろうから、私もそれなりに対応しないと。
人形っていうのは、多分引っ越しの時に渡したもの。
下手なりに学生服姿の男の子の人形を作って渡したんだ。
男の子はもちろんトオルさん。
遠いところに行ってもがんばってね、ってエールを込めて。
今思えばそうとう重くて嫌なプレゼントしたと思う。
確か輝一さんのも揃いで作ったはずなんだけど、そこ…は、あれ? おかしいな、記憶がない。
「……そうか、じゃあ連名にしようかと思ったんだけど難しいか」
その言葉に体がギクリと反応し、ハンドリムを掴んだ手をきゅっとしめ車椅子を止めてしまったが…先を行く輝一さんはどうやら気づいていないらしい。
何を言われても気にしないようにしなきゃいけないのに。
そもそも連名ぐらいでこんなに敏感になるなんて逆におかしいじゃないか。
全然構わないことなのに……。
「は、はい。すみませんが、そうして頂けると……私はあくまで一緒に選ぶだけですから」
慌ててその横に並びながら言うと、顎に指を添えたまま何やら思案げにこちらを向き、
「なんで? そういえば、俺が誘った時もあまり乗り気じゃ無かったよね。もしかして兄貴のこと嫌いになった? ってか兄貴に何かされた?」
「い、いえ! 違います、そんなんじゃないです……」
『ゆいセンパイ』
トオルさんの顔と並んで、彼女の顔が出てこなければ。
その理由を素直に口にしていたかもしれなかった。
トオルさんの名前を聴くだけで、その話題をするだけで、こんなにも痛む胸の気持ちを吐露しそうになった。
まさかのところで輝一さんに会ってしまうなんて、私ってやっぱり。
「(ツイてない……ね)」
ブブブ…と膝上で振動する携帯電話。
先行ってて下さい、と促してから二つ折りのそれを広げる。
「!」
トオル、さん……。
出ようかな、どうしようかな、いいや出ちゃえ。
「はい」
『唯かっ。今どこにいる?』
心なしか焦燥した声に、
「なんですか? 今友達と買い物してるんですが」
わざと冷たく言うと言葉を濁すのが受話口の向こうでわかった。
そのまま静かに待ってると、やがてトオルさんの中で自己完結したらしく、
『なんでもない。……悪い。時間を割いてしまったな。また明日、学校で』
その言葉を最後に、ぷつりと切れた。
耳から携帯を離してディスプレイを眺めていると、短い通話時間を表示していた画面がすぐに待ち受けへと切り替わる。
ごめん、トオルさん……。
「唯ちゃーん! 何してるんだい、置いてくよー」
「あっ、はーい!」
膝上の携帯電話をバッグの中へとしまい、腕を前へ進めた。
「どれがいいだろう? これなんかはどうかな?」
「う~ん……」
輝一さんの手が持つそれに、どう反応していいかしばし迷った。
それ以前に、
「あ、あの――お店、変えません…?」
おずおずと言った私に輝一さんはきょとんと「え、なんで?」。
外観は洋風のレンガのおうちみたいな感じで。
中には一番下から天井に届くぐらいまでずらっと。
ひたすらぬいぐるみばかりが陳列しているドールショップ。
「教師ってのは親と生徒の間で常に板挟み。おまけに兄貴の年じゃ上の人にも結構気遣うだろうしさ、そんなストレス社会で闘う兄貴のために。可愛い癒しを」
「他の癒しでもいいと思いますけど」
「そりゃそうか。唯ちゃん以上の癒しはないよな」
コントみたいな会話をしてたのに、不意に真顔でそんなこと言う輝一さんに、返す言葉が見つからず当惑した。
「お…面白いこと言いますね、輝一さん。私が癒しになるわけないじゃないですか、むしろお荷物ですよ」
癒しというか、むしろ私の方がトオルさんを頼って助けられてる。
今の高校だってトオルさんが教えてくれた、トオルさんが理事長に私のことを相談してくれた。
「そんなことないって。君と再会した時、どれほど兄貴が喜んでたと思う?」
「私も嬉しかったですよ。でも今は申し訳ない気持ちでいっぱいです。迷惑をかけてばっかり。トオルさんだって今は」
「唯ちゃん」
不意に大きな声で名前を呼ばれた。
はっとしてみると、茶色いクマのぬいぐるみが顔を覗き込んでて。
「……やっぱり兄貴と何かあったでしょ?」
くいくいと手を動かして、体全体を傾ける。
大の男がぬいぐるみを触るその光景がおかしくて、口元が緩んだ。
「忘れて下さい、今のナシ。ナシです。今日課題多く出されて、気分がしょ気てました」
目じりに浮かびそうになった涙は笑いながら拭うことで、誤魔化す。
駄目だ。
人前で、しかも弟さんの前でネガティブになるなんて相当病んでるな、私。
(土日のシフトに変更してもらってよかった……やっぱり学校の後に働くってキツイものね)
ハンカチも結局渡せずにおいてきちゃったし、なんかもう、いいや。
「プレゼント、早く選ぼう、輝一さん。私も久々に渡したいので、連名にして。一緒に渡しましょう」
誕生日のこと、忘れてたのに変わりはないから会ったらきちんと謝ろう。
そして言おう。
必要以上の接触はやめようと。
先生方には周知の事実だから誰もなんとも思わないだろうけど、世間的に見れば異常だものね。
卒業したら、また昔みたいに幼馴染に戻れるかもしれないから。
ううん、戻れなくてもいい。
いい加減棄てよう、この思い。
帰路の途中。
量は減ったけど中々止まってくれない涙に嫌気がさして、ハンドリムから手を離した。
そうしてストッパーを止めて、顔をごしごしとこする。
「…なんでこんなにキレイなのよ…」
見上げた茜色の空。
その哀愁漂う色合いに、またも涙腺が緩む。
「(…最近泣いてばかりだな、私)」
早く魅紅ちゃんがトオルさんと付き合えばいい。
そうしたらすっきりするはず。
…でも、2人の姿をあまり見たくないかも。
だとすると、転校?
「(うーん…。今の学校はいろいろ理解してくれて、授業料払うの遅れたりしても待っててくれるけど、中々そういうトコないよな…)」
しかも何よりも。
設備的な問題が大きい。
私頭悪いから私立は無理だし。
顎に手をそえて考える。
「くるみゆい?」
「え?」
聞き覚えのある声に、振り向いたとき涙は止まってた。
「!! トオルさん―――!?」
ワインレッドのスーツに光沢のある赤色の胸元が開いたシャツ。
黒のサングラス…という一見本人のイメージとはマ逆の恰好だったけど、サングラス越しでもわかるその顔…そして何より…声。
「ははっ 違うよ」
男の人は私の声ににこやかに笑いながら歩み寄ってきて――サングラスを、外した。
トオルさんの灰色よりももっと薄い、綺麗な銀を含んだその灰眼……。
「俺の名前は輝一。トオルは俺の兄貴」
「おとうと…さん?」
うそ。
恰好はまるっきり違うけど。
そして髪形も違うけど。
似てる――ぱっと見は、全然わかんないよ。
「あ…いつも、お兄さんにはお世話になってます」
ぺこりと頭を下げる。
「へえ、兄貴ちゃんと先生やってんだ」
「あの…輝一さんは…お仕事は、その…」
「ん? ホスト」
や、やっぱり。
この顔だもん…モテるんだろうなぁ。
「で、そうそう」
「?」
「ホストって仕事上、もらうばかりじゃん? だからおくりものって何おくればいいかわからなくてさ」
え…? まさか……。
「丁度いいや、唯ちゃん。兄貴の誕生日プレゼント、一緒に選んでよ」
「ええっ」
私が~!?
「教師って何がいるんだ? チョークか?」
「いや、それは学校が用意してくれると……」
同じ顔してるけど、ちょっと抜けてる所があるのか。
隣で腕を組みう~むと悩む輝一さんに私は苦笑した。
二人並んで歩くと輝一さんの目立つ容姿も比例して人の目を多く感じる。
頬を染めて輝一さんを見る女性。
妬むような鋭い視線を向ける男性。
そして、男女隔てなく好奇の目を向けられる私。
中にはなぜ私が隣なのか、不満そうな女性の目も。
「日常で使えるのがいいと思いますよ。トオルさんはいつもスーツなんでネクタイとか、あとは文房具とか」
あえてハンカチはその中に入れなかった。
「そっか。ん~……」
それでもしっくりこないのか、輝一さんは腕を組んで眉根を寄せたまま。
「……そういや、唯ちゃんは渡したのか?」
「え」
かと思いきやあらぬ方向に話の軸が向き、
「あ…わ、渡してない…です」
「へ~…意外」
「意外?」
「小さい頃、俺の家と唯ちゃん家と。家がトナリ通しだったでしょ? 誕生日の時は毎年何かしら渡してたじゃん、その時の兄貴の嬉しそうな顔。お菓子なんてさっさと食えばいいのに、部屋にいつまでも飾ってとっといてあってさ。人形とかはまだ持ってんじゃないの?」
「人形…?」
「あれ、忘れちゃったの? そっか、唯ちゃんにとっては大したことじゃないのか」
「ごめんね」と冗談交じりに笑った輝一さんに、「私の方こそ」と謝る。
謝るけど、浮かべるのは笑顔。
軽い感覚で昔のことを口にしたんだろうから、私もそれなりに対応しないと。
人形っていうのは、多分引っ越しの時に渡したもの。
下手なりに学生服姿の男の子の人形を作って渡したんだ。
男の子はもちろんトオルさん。
遠いところに行ってもがんばってね、ってエールを込めて。
今思えばそうとう重くて嫌なプレゼントしたと思う。
確か輝一さんのも揃いで作ったはずなんだけど、そこ…は、あれ? おかしいな、記憶がない。
「……そうか、じゃあ連名にしようかと思ったんだけど難しいか」
その言葉に体がギクリと反応し、ハンドリムを掴んだ手をきゅっとしめ車椅子を止めてしまったが…先を行く輝一さんはどうやら気づいていないらしい。
何を言われても気にしないようにしなきゃいけないのに。
そもそも連名ぐらいでこんなに敏感になるなんて逆におかしいじゃないか。
全然構わないことなのに……。
「は、はい。すみませんが、そうして頂けると……私はあくまで一緒に選ぶだけですから」
慌ててその横に並びながら言うと、顎に指を添えたまま何やら思案げにこちらを向き、
「なんで? そういえば、俺が誘った時もあまり乗り気じゃ無かったよね。もしかして兄貴のこと嫌いになった? ってか兄貴に何かされた?」
「い、いえ! 違います、そんなんじゃないです……」
『ゆいセンパイ』
トオルさんの顔と並んで、彼女の顔が出てこなければ。
その理由を素直に口にしていたかもしれなかった。
トオルさんの名前を聴くだけで、その話題をするだけで、こんなにも痛む胸の気持ちを吐露しそうになった。
まさかのところで輝一さんに会ってしまうなんて、私ってやっぱり。
「(ツイてない……ね)」
ブブブ…と膝上で振動する携帯電話。
先行ってて下さい、と促してから二つ折りのそれを広げる。
「!」
トオル、さん……。
出ようかな、どうしようかな、いいや出ちゃえ。
「はい」
『唯かっ。今どこにいる?』
心なしか焦燥した声に、
「なんですか? 今友達と買い物してるんですが」
わざと冷たく言うと言葉を濁すのが受話口の向こうでわかった。
そのまま静かに待ってると、やがてトオルさんの中で自己完結したらしく、
『なんでもない。……悪い。時間を割いてしまったな。また明日、学校で』
その言葉を最後に、ぷつりと切れた。
耳から携帯を離してディスプレイを眺めていると、短い通話時間を表示していた画面がすぐに待ち受けへと切り替わる。
ごめん、トオルさん……。
「唯ちゃーん! 何してるんだい、置いてくよー」
「あっ、はーい!」
膝上の携帯電話をバッグの中へとしまい、腕を前へ進めた。
「どれがいいだろう? これなんかはどうかな?」
「う~ん……」
輝一さんの手が持つそれに、どう反応していいかしばし迷った。
それ以前に、
「あ、あの――お店、変えません…?」
おずおずと言った私に輝一さんはきょとんと「え、なんで?」。
外観は洋風のレンガのおうちみたいな感じで。
中には一番下から天井に届くぐらいまでずらっと。
ひたすらぬいぐるみばかりが陳列しているドールショップ。
「教師ってのは親と生徒の間で常に板挟み。おまけに兄貴の年じゃ上の人にも結構気遣うだろうしさ、そんなストレス社会で闘う兄貴のために。可愛い癒しを」
「他の癒しでもいいと思いますけど」
「そりゃそうか。唯ちゃん以上の癒しはないよな」
コントみたいな会話をしてたのに、不意に真顔でそんなこと言う輝一さんに、返す言葉が見つからず当惑した。
「お…面白いこと言いますね、輝一さん。私が癒しになるわけないじゃないですか、むしろお荷物ですよ」
癒しというか、むしろ私の方がトオルさんを頼って助けられてる。
今の高校だってトオルさんが教えてくれた、トオルさんが理事長に私のことを相談してくれた。
「そんなことないって。君と再会した時、どれほど兄貴が喜んでたと思う?」
「私も嬉しかったですよ。でも今は申し訳ない気持ちでいっぱいです。迷惑をかけてばっかり。トオルさんだって今は」
「唯ちゃん」
不意に大きな声で名前を呼ばれた。
はっとしてみると、茶色いクマのぬいぐるみが顔を覗き込んでて。
「……やっぱり兄貴と何かあったでしょ?」
くいくいと手を動かして、体全体を傾ける。
大の男がぬいぐるみを触るその光景がおかしくて、口元が緩んだ。
「忘れて下さい、今のナシ。ナシです。今日課題多く出されて、気分がしょ気てました」
目じりに浮かびそうになった涙は笑いながら拭うことで、誤魔化す。
駄目だ。
人前で、しかも弟さんの前でネガティブになるなんて相当病んでるな、私。
(土日のシフトに変更してもらってよかった……やっぱり学校の後に働くってキツイものね)
ハンカチも結局渡せずにおいてきちゃったし、なんかもう、いいや。
「プレゼント、早く選ぼう、輝一さん。私も久々に渡したいので、連名にして。一緒に渡しましょう」
誕生日のこと、忘れてたのに変わりはないから会ったらきちんと謝ろう。
そして言おう。
必要以上の接触はやめようと。
先生方には周知の事実だから誰もなんとも思わないだろうけど、世間的に見れば異常だものね。
卒業したら、また昔みたいに幼馴染に戻れるかもしれないから。
ううん、戻れなくてもいい。
いい加減棄てよう、この思い。