いろんなお話たち
■
「え……もう読み終わったんですか? 早ぁい」
「うん、面白くってね。おかげで寝不足だよ~」
幸いにもW目覚ましのおかげで寝過ごすことはなかったけど。
自宅から真っ直ぐ車で行けば20分なんだから送ってってくれてもよかったのになぁ。
「じゃあ今日は金曜だからまた月曜日。続き持ってきますね」
「(つ、続きとな!?)……あ…、うん。まだあるんだ?」
「はい。10巻まで今ありますよ。雑誌ではまだ続いてますし」
「へ…結構長いねー」
まずった。
面白いなんて言わなきゃ良かった。
でもちはやちゃんのこの顔を見たら無碍には出来ないよなぁ。
「楽しみにしてるよ」
「…はい!」
毎週金曜日の放課後は体育館を貸し切り部活動。
といっても大々的にやるものではなくて参加者はその時に来れる人に限られるのだけど。
しかも学校の先生は着いてくれない為保護者同伴が必須だ。
勿論皆の保護者が母親なら私も母親で、気分屋な母がOK出した時のみ参加出来て
---------------------------------------
From:おかーさん
Subject:無題
遅れまぁす(^O^)/
ごめんね(-人-)
-----------------------------------------
To : おかーさん
Subject:Re:
了解♪
ゆっくり来てね(*^_^*)
------------------------------------------
送信…と。
「みゆちゃん家のママ遅れるって?」
「…みたいです。先に始めましょうか」
今日はゴロ卓球。
ふつうの卓球とは違い、隙間の開いたネット下に球をくぐらせるようにコート上を転がす。
打ち合いをして、コート下に球が落ちたら負け。
球を台の上に置きラケットを構えたところで鳴り響いた携帯にラケットを隣の子に預け(やったね! これで君も二刀流だ)体育館を出る。
「…もしもし」
『あ、みゆ?』
「お母さん。どうしたの?」
『あのね…』
通話終了後、私が体育館に戻る事はなかった。
だって今の今まで久登さんもクラウスさんも外に連れ出した事ないのに連れて来るって言うんだもん。
「遅れてすみませーん…」
「ああ七海さん。遅かったわねぇ」
「どうもこんにちは。……あれ、みゆは――」
だから逃げたんだけど……仕方ない。
だって他に隠れ場所がなかった。
「…みゆ!」
引き戸を開け中に響く声に私はびくりと縮こまる。
養護学校のトイレは広く扉開けた中に幾つか個室があるのだけども
「何隠れてんだ。早く出て来い!」
ガチャガチャと鍵を壊す勢いでドアが揺れ
「待って! 今は本当にトイレ中なの! 脱いでるんだから!」
短い舌打ちの後ぴたりと衝撃が止んだ。
引き戸ゆえ小さな音でも拾う部屋の構造が少し嫌だ。
静か過ぎるのもあるんだろうけど。
なんだか泣きそうになりながら壁の流しボタンをおし、下着をあげてズボンを穿く。
手を洗いドアの内鍵を上げる。
普段はカーテンだけで仕切られてる便座に座るけど、車いす用に入ってて良かった……。
「!」
直に開き。
そこには仁王立ちの袴姿の男がいた。
「………クラウスさん。またそれですか(ふつーの洋服でいいのに)」
私の言葉に幾分か表情を和らげて上品に頷く様は少し中性的にも見える。
長い髪は後ろで高い位置に結わき背中に流して。
腰に佩いてある刀は(職業柄おそらく)本物。
外出時は変装しようと案を出したのは私。
けど…。
いつまでそのスタイルなのかな、あまのじゃくだから言っても変えてくれないんだよねこの人は。
「とにかく出ようか。ここで誰かと鉢合わせすんのも嫌だし」
私がそう言う傍から引き戸がすっと開いた。
あちゃー。
「…あらぁ、みゆちゃん。お手洗いだったのね」
中に入ってきたのは後輩の萌枝ちゃん親子。
「此方は? 向こうの方と同じかしら」
生憎向こうというのが分からなかったけど多分。
「そ…うです、親戚のお兄さんで、く……」
しまった仮名を忘れた。
危うくクラウスと言いそうになり口元に手を当てる事で留まる。
「沖田眞行と申します。よしなに」
淡々と言い頭を下げるクラウスさん。
そ…そうだそれそれ!
救われたと顔を輝かせる私をクラウスさんはちらりと見、嘲う。
……。
「沖田さんねー。私は古池です、宜しくぅ。ほら、萌枝も」
「ど…どぅも…はじめまして」
親子はにこやかにお辞儀を返したけど他の人に見られるような頬を染めたりする事はなかった。
まぁこれが普通よね。
体育館に戻ると
「七海」
人だかりの中にいた私服姿の久登さんがほっとしたようにこちらを見た。
…そうだ久登さんは苗字呼びだった…。
「こんにちはー葵さんも来てたんですね」
芝居のためには、赤の他人のふりをしなくてはいけない。
ちなみにこの人も沖田の親戚役だったはずだ(うろ覚え。最悪知り合いでいいや)。
駆け寄ると同級生の美帆に手を繋がれてた。
わぉ、やるな美帆りん。
彼女は男性が好きだ。
ちょっと病気で積極的なだけで。
「…で、卓球はいつのまにやら終了?」
見れば台は綺麗に片付けられている。
「そうなのよー葵君も沖田君も初めて来たんだから色々見て回りたいんじゃないかって思って」
「…何を?」
私の問いかけを無視し他のママさんズとぺちゃくちゃ話を再開する母。
「そりゃいいな。是非とも案内してくれ、みゆ」
背後の声を無視し他の反応を見る。
どっちでもいいというのが殆どで久登さんは私に付くようで
「じゃあ、行きたい人は行っ」
ずしりと肩に重みが落ちる。
横を向くとクラウスさんの笑顔。
目線の高さが同じ事にいつのまに隣に来たのかとびくついてると
「眞行」
久登さんが名前を呼んだ。
ふと気付けば久登さんは目の前に
「…分かった。行くよ。行きます」
思いの外張り詰める2人の空気に溜息を吐いた。
一行はバスエントランスから小学部ルートを一巡り。
「…あのーずっと気になってたんですが沖田さん、その刀は本物ですか?」
「さて…どうだろうなぁ?」
「偽物に決まってるじゃないですか。池谷君も野暮な事聞きますね」
「わ…分かってるよそんな事っ。一応訊いてみただけで…」
前に行くのはクラウスさん達。
後ろは私と久登さんだけ。
これじゃあ案内にはなってないけど、ちはやちゃんや美帆りんが案内役をやってくれた。
そして何故かクラウスさんが私達以外を惹き付けてくれて。
クラウスさん…笑顔過ぎると逆に怖いんだけど……。
「それにしてもさっきは驚いたよ。人付き合い苦手とか言ってたけど上手く人気者になれてたじゃん」
普段無表情で静かな彼は一時き真剣に相談してきたことがある。
その時が今みたいに変装してるときだったから本当かどうか定かでないが。
美帆に手を繋がれ輪の中心にいた。
良かったじゃないか。
うりうりと肘で突けない悔しさをその分ニタニタ笑いで我慢す……あ、反対側に行けばよかったんだ(しかし遅い)。
しかしこんな事した私が恥ずかしくなる程久登さんは至って真面目な表情で手を開いたり閉じたりし
「…気付いたら手を握られていた。どうしたらいいのか解らず…」
「嫌なら振り払っていいんだよ。ちょっと美帆りんは積極的な性格だから久…葵さんびっくりしたかもしれないけど」
ほら、と前を示せばクラウスさんは巧いこと男子の横に並びその場所をキープしつつ美帆りんの視線や仕草は一切躱し続けた。
そういえば私と初めて会った時も
<<私は自分が主と決めた者としか接触をしないので>>
……仮にも小母さんの命でうちに来たんだろうになんて執事だと思った。
本当はわかちゃんに着く筈だった久登さんはそんな事全くなかったけど…
「予想より狭いな」
「えっ!?」
まさかの言葉に思わず立ち止まる。
久登さんは小学部の教室を覗いていた。
「しかも子供が使うような遊具しかない…」
そのまま足を踏み入れるので私も中に入る。
「養護学校は主に障害の度合いによってクラスが分かれてるの。ここは重度のクラスかな。因みに小学部は一番児童の数が多くて…」
ぐるりと教室内を見渡しながら重度障害の子のクラスはこんなもんよと付け加える。
「という事は七海は普通学級の生徒よりも多く勉強を学んでいるのか?」
「…ほぼ一対一だから期待してたんだけどね。少なくともここは外れ」
そういえば来年は特別支援に名前が変わるんだっけか。
卒業してるからもう関係ないけど。
「ねー……あの漫画にもあるようなお嬢様学校って本当に存在するの?」
廊下に出ると皆の姿がなかったので声のトーンをそのままに訊いてみる。
すると行きたいのかとさも興味がありげに勘違いされて私は手を振った。
「違うよ。行きたくない…っていうか頼まれても行かないし。いやそれは失礼かもしれないけど私多分金持ちに生まれても平凡な人生を選んでるよ」
金風呂とか入ってみたいがなんかそれはそれで気持ち悪い。
余り多過ぎてもね。
それに金は人を汚すからな…渋面する私を見て久登さんは目を閉じた後
「……存じております」
と言うと瞼を開け青い目を柔らかく細めた。
う……急に元に戻ったか。
そんな顔を見せられたのは初めてで一瞬だけドキリとしてしまい慌てて
「は…反則ですよ、おにーさん」
顔を逸らした。
私の言葉に思い出したのか久登さんが七海と呟く。
耐え切れずに先に行ってますと足を踏み出し、……駆け出すことができないのが残念だけど、しょうがない。
ゆっくりと歩いていると
「!」
角に2つの人影を見つけた。
「……何してるの?」
「いや、あの、遅いから気になって。別に覗いてたんじゃないですよ」
胸の前で両手振るちはやちゃんに私は別に気にしてないから大丈夫よと笑ったけれど果たしてこんな返しで正解なのか分からない。
ちはやちゃんに付き添ってたおばさんが何やら意味深な笑みを
「……あ? 何してんだお前ら」
浮かべ口を開いたところで一人先を行っていた(らしい) クラウスさんの言葉がした。
そのまま先行ってて良かったのにどうしてか戻って来たらしい。
「(ああなんだすっかり皆と打ち解けたんだな…ってクラウスさんの手元ぉぉお!?)」
美帆りんと繋がれた手。
反対側は後輩の志水君と繋がれている。
ぽかんとする私に志水君は。
「あー…なんか沖田さん……実のお兄さんみたいで、」
照れた顔で頬を掻くな、もしや君は男色
「七海、急にどうしたんだ」
「いや、別になんでもないです」
何だか急に冷めた。
おかげで後から来た久登さんを気に掛ける事はなく。
ちはや母子が微笑んでいたけど構う余裕はなく。
とにかく早く学校探検して適当に遊んで家に帰ろう。
「とりあえず残りぐるっと見ちゃおうか。っていうか教室見れば充分かな二人とも?」
「…ここか」
「他の教室より少し広いんだな」
「元美術室だからね~…」
自由に見ていいよと言うと久登さんはぐるりと教室内を見渡した後壁の掲示物を見てクラウスさんは
「ちょっ何見てるんですか!」
片膝を折り人の机の中を覗き見てた。
恥ずかしいからやめてよ。
「なんだ。何も入ってねえじゃねえか」
「当たり前ですよ。誰がテストの答案用紙なんて入れときますか…」
どうせ目的はそれなんだろうと思ったらどうやら違うらしい。
ただ単に汚い中を見て笑いたかったのか。
つまらなそうにしていたクラウスさんはやがて立ち上がると黒板の方へ。
「みー」
すると彩が私の隣に車椅子を並べた。
「彩」
この子今日は静かだから存在忘れてた。
「まさかの三角関係だなんてみーも隅に置けないね」
「…は?」
「そんな怖い顔しないで! 恋愛に興味ないとか言ってたから、美帆と若菜と一緒に勿体ないて話してたんだけどホント良かったよ~」
猫の鳴き声のようなあだ名で人を呼ぶけど後輩の京子ちゃんの次にクラスで聡いのは彼女だ。
(因みに私はその次×4ぐらい)
「あ…彩違うよ? 二人はそんなんじゃ」
「解ってますとも! 私が言いたいのは…主従関係を越えたんだねって事!」
なぜそんなに嬉しそうなの。
そしてなぜそんなに瞳が輝いてるの。
「彩!」
「え……もう読み終わったんですか? 早ぁい」
「うん、面白くってね。おかげで寝不足だよ~」
幸いにもW目覚ましのおかげで寝過ごすことはなかったけど。
自宅から真っ直ぐ車で行けば20分なんだから送ってってくれてもよかったのになぁ。
「じゃあ今日は金曜だからまた月曜日。続き持ってきますね」
「(つ、続きとな!?)……あ…、うん。まだあるんだ?」
「はい。10巻まで今ありますよ。雑誌ではまだ続いてますし」
「へ…結構長いねー」
まずった。
面白いなんて言わなきゃ良かった。
でもちはやちゃんのこの顔を見たら無碍には出来ないよなぁ。
「楽しみにしてるよ」
「…はい!」
毎週金曜日の放課後は体育館を貸し切り部活動。
といっても大々的にやるものではなくて参加者はその時に来れる人に限られるのだけど。
しかも学校の先生は着いてくれない為保護者同伴が必須だ。
勿論皆の保護者が母親なら私も母親で、気分屋な母がOK出した時のみ参加出来て
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From:おかーさん
Subject:無題
遅れまぁす(^O^)/
ごめんね(-人-)
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To : おかーさん
Subject:Re:
了解♪
ゆっくり来てね(*^_^*)
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送信…と。
「みゆちゃん家のママ遅れるって?」
「…みたいです。先に始めましょうか」
今日はゴロ卓球。
ふつうの卓球とは違い、隙間の開いたネット下に球をくぐらせるようにコート上を転がす。
打ち合いをして、コート下に球が落ちたら負け。
球を台の上に置きラケットを構えたところで鳴り響いた携帯にラケットを隣の子に預け(やったね! これで君も二刀流だ)体育館を出る。
「…もしもし」
『あ、みゆ?』
「お母さん。どうしたの?」
『あのね…』
通話終了後、私が体育館に戻る事はなかった。
だって今の今まで久登さんもクラウスさんも外に連れ出した事ないのに連れて来るって言うんだもん。
「遅れてすみませーん…」
「ああ七海さん。遅かったわねぇ」
「どうもこんにちは。……あれ、みゆは――」
だから逃げたんだけど……仕方ない。
だって他に隠れ場所がなかった。
「…みゆ!」
引き戸を開け中に響く声に私はびくりと縮こまる。
養護学校のトイレは広く扉開けた中に幾つか個室があるのだけども
「何隠れてんだ。早く出て来い!」
ガチャガチャと鍵を壊す勢いでドアが揺れ
「待って! 今は本当にトイレ中なの! 脱いでるんだから!」
短い舌打ちの後ぴたりと衝撃が止んだ。
引き戸ゆえ小さな音でも拾う部屋の構造が少し嫌だ。
静か過ぎるのもあるんだろうけど。
なんだか泣きそうになりながら壁の流しボタンをおし、下着をあげてズボンを穿く。
手を洗いドアの内鍵を上げる。
普段はカーテンだけで仕切られてる便座に座るけど、車いす用に入ってて良かった……。
「!」
直に開き。
そこには仁王立ちの袴姿の男がいた。
「………クラウスさん。またそれですか(ふつーの洋服でいいのに)」
私の言葉に幾分か表情を和らげて上品に頷く様は少し中性的にも見える。
長い髪は後ろで高い位置に結わき背中に流して。
腰に佩いてある刀は(職業柄おそらく)本物。
外出時は変装しようと案を出したのは私。
けど…。
いつまでそのスタイルなのかな、あまのじゃくだから言っても変えてくれないんだよねこの人は。
「とにかく出ようか。ここで誰かと鉢合わせすんのも嫌だし」
私がそう言う傍から引き戸がすっと開いた。
あちゃー。
「…あらぁ、みゆちゃん。お手洗いだったのね」
中に入ってきたのは後輩の萌枝ちゃん親子。
「此方は? 向こうの方と同じかしら」
生憎向こうというのが分からなかったけど多分。
「そ…うです、親戚のお兄さんで、く……」
しまった仮名を忘れた。
危うくクラウスと言いそうになり口元に手を当てる事で留まる。
「沖田眞行と申します。よしなに」
淡々と言い頭を下げるクラウスさん。
そ…そうだそれそれ!
救われたと顔を輝かせる私をクラウスさんはちらりと見、嘲う。
……。
「沖田さんねー。私は古池です、宜しくぅ。ほら、萌枝も」
「ど…どぅも…はじめまして」
親子はにこやかにお辞儀を返したけど他の人に見られるような頬を染めたりする事はなかった。
まぁこれが普通よね。
体育館に戻ると
「七海」
人だかりの中にいた私服姿の久登さんがほっとしたようにこちらを見た。
…そうだ久登さんは苗字呼びだった…。
「こんにちはー葵さんも来てたんですね」
芝居のためには、赤の他人のふりをしなくてはいけない。
ちなみにこの人も沖田の親戚役だったはずだ(うろ覚え。最悪知り合いでいいや)。
駆け寄ると同級生の美帆に手を繋がれてた。
わぉ、やるな美帆りん。
彼女は男性が好きだ。
ちょっと病気で積極的なだけで。
「…で、卓球はいつのまにやら終了?」
見れば台は綺麗に片付けられている。
「そうなのよー葵君も沖田君も初めて来たんだから色々見て回りたいんじゃないかって思って」
「…何を?」
私の問いかけを無視し他のママさんズとぺちゃくちゃ話を再開する母。
「そりゃいいな。是非とも案内してくれ、みゆ」
背後の声を無視し他の反応を見る。
どっちでもいいというのが殆どで久登さんは私に付くようで
「じゃあ、行きたい人は行っ」
ずしりと肩に重みが落ちる。
横を向くとクラウスさんの笑顔。
目線の高さが同じ事にいつのまに隣に来たのかとびくついてると
「眞行」
久登さんが名前を呼んだ。
ふと気付けば久登さんは目の前に
「…分かった。行くよ。行きます」
思いの外張り詰める2人の空気に溜息を吐いた。
一行はバスエントランスから小学部ルートを一巡り。
「…あのーずっと気になってたんですが沖田さん、その刀は本物ですか?」
「さて…どうだろうなぁ?」
「偽物に決まってるじゃないですか。池谷君も野暮な事聞きますね」
「わ…分かってるよそんな事っ。一応訊いてみただけで…」
前に行くのはクラウスさん達。
後ろは私と久登さんだけ。
これじゃあ案内にはなってないけど、ちはやちゃんや美帆りんが案内役をやってくれた。
そして何故かクラウスさんが私達以外を惹き付けてくれて。
クラウスさん…笑顔過ぎると逆に怖いんだけど……。
「それにしてもさっきは驚いたよ。人付き合い苦手とか言ってたけど上手く人気者になれてたじゃん」
普段無表情で静かな彼は一時き真剣に相談してきたことがある。
その時が今みたいに変装してるときだったから本当かどうか定かでないが。
美帆に手を繋がれ輪の中心にいた。
良かったじゃないか。
うりうりと肘で突けない悔しさをその分ニタニタ笑いで我慢す……あ、反対側に行けばよかったんだ(しかし遅い)。
しかしこんな事した私が恥ずかしくなる程久登さんは至って真面目な表情で手を開いたり閉じたりし
「…気付いたら手を握られていた。どうしたらいいのか解らず…」
「嫌なら振り払っていいんだよ。ちょっと美帆りんは積極的な性格だから久…葵さんびっくりしたかもしれないけど」
ほら、と前を示せばクラウスさんは巧いこと男子の横に並びその場所をキープしつつ美帆りんの視線や仕草は一切躱し続けた。
そういえば私と初めて会った時も
<<私は自分が主と決めた者としか接触をしないので>>
……仮にも小母さんの命でうちに来たんだろうになんて執事だと思った。
本当はわかちゃんに着く筈だった久登さんはそんな事全くなかったけど…
「予想より狭いな」
「えっ!?」
まさかの言葉に思わず立ち止まる。
久登さんは小学部の教室を覗いていた。
「しかも子供が使うような遊具しかない…」
そのまま足を踏み入れるので私も中に入る。
「養護学校は主に障害の度合いによってクラスが分かれてるの。ここは重度のクラスかな。因みに小学部は一番児童の数が多くて…」
ぐるりと教室内を見渡しながら重度障害の子のクラスはこんなもんよと付け加える。
「という事は七海は普通学級の生徒よりも多く勉強を学んでいるのか?」
「…ほぼ一対一だから期待してたんだけどね。少なくともここは外れ」
そういえば来年は特別支援に名前が変わるんだっけか。
卒業してるからもう関係ないけど。
「ねー……あの漫画にもあるようなお嬢様学校って本当に存在するの?」
廊下に出ると皆の姿がなかったので声のトーンをそのままに訊いてみる。
すると行きたいのかとさも興味がありげに勘違いされて私は手を振った。
「違うよ。行きたくない…っていうか頼まれても行かないし。いやそれは失礼かもしれないけど私多分金持ちに生まれても平凡な人生を選んでるよ」
金風呂とか入ってみたいがなんかそれはそれで気持ち悪い。
余り多過ぎてもね。
それに金は人を汚すからな…渋面する私を見て久登さんは目を閉じた後
「……存じております」
と言うと瞼を開け青い目を柔らかく細めた。
う……急に元に戻ったか。
そんな顔を見せられたのは初めてで一瞬だけドキリとしてしまい慌てて
「は…反則ですよ、おにーさん」
顔を逸らした。
私の言葉に思い出したのか久登さんが七海と呟く。
耐え切れずに先に行ってますと足を踏み出し、……駆け出すことができないのが残念だけど、しょうがない。
ゆっくりと歩いていると
「!」
角に2つの人影を見つけた。
「……何してるの?」
「いや、あの、遅いから気になって。別に覗いてたんじゃないですよ」
胸の前で両手振るちはやちゃんに私は別に気にしてないから大丈夫よと笑ったけれど果たしてこんな返しで正解なのか分からない。
ちはやちゃんに付き添ってたおばさんが何やら意味深な笑みを
「……あ? 何してんだお前ら」
浮かべ口を開いたところで一人先を行っていた(らしい) クラウスさんの言葉がした。
そのまま先行ってて良かったのにどうしてか戻って来たらしい。
「(ああなんだすっかり皆と打ち解けたんだな…ってクラウスさんの手元ぉぉお!?)」
美帆りんと繋がれた手。
反対側は後輩の志水君と繋がれている。
ぽかんとする私に志水君は。
「あー…なんか沖田さん……実のお兄さんみたいで、」
照れた顔で頬を掻くな、もしや君は男色
「七海、急にどうしたんだ」
「いや、別になんでもないです」
何だか急に冷めた。
おかげで後から来た久登さんを気に掛ける事はなく。
ちはや母子が微笑んでいたけど構う余裕はなく。
とにかく早く学校探検して適当に遊んで家に帰ろう。
「とりあえず残りぐるっと見ちゃおうか。っていうか教室見れば充分かな二人とも?」
「…ここか」
「他の教室より少し広いんだな」
「元美術室だからね~…」
自由に見ていいよと言うと久登さんはぐるりと教室内を見渡した後壁の掲示物を見てクラウスさんは
「ちょっ何見てるんですか!」
片膝を折り人の机の中を覗き見てた。
恥ずかしいからやめてよ。
「なんだ。何も入ってねえじゃねえか」
「当たり前ですよ。誰がテストの答案用紙なんて入れときますか…」
どうせ目的はそれなんだろうと思ったらどうやら違うらしい。
ただ単に汚い中を見て笑いたかったのか。
つまらなそうにしていたクラウスさんはやがて立ち上がると黒板の方へ。
「みー」
すると彩が私の隣に車椅子を並べた。
「彩」
この子今日は静かだから存在忘れてた。
「まさかの三角関係だなんてみーも隅に置けないね」
「…は?」
「そんな怖い顔しないで! 恋愛に興味ないとか言ってたから、美帆と若菜と一緒に勿体ないて話してたんだけどホント良かったよ~」
猫の鳴き声のようなあだ名で人を呼ぶけど後輩の京子ちゃんの次にクラスで聡いのは彼女だ。
(因みに私はその次×4ぐらい)
「あ…彩違うよ? 二人はそんなんじゃ」
「解ってますとも! 私が言いたいのは…主従関係を越えたんだねって事!」
なぜそんなに嬉しそうなの。
そしてなぜそんなに瞳が輝いてるの。
「彩!」