いろんなお話たち

主の上、馬乗りになる執事。
<やめて。桐島。私は>
遮るようにその唇に人差し指を当てるとそのまま手を下にずらす。
<解ってます。貴女のお気持ちは痛い程解る……想いを遂げる事が出来ない今、私が貴女にお返し出来るのはただ一つ>
一枚…また一枚と脱がされていく衣服。
<違うわ桐島! 私が言いたい事は、――っあ!>
<……正直になって下さい。美優様>
「"貴女の体は私を求めておられる"」
リアルでは聞こえる筈のない執事の科白がダイレクトに鼓膜に響き私は声にならない悲鳴を上げた。
勢いよく上へ投げるように手放した漫画がベッドのふちにあたり、床に落ちる。
気づけば傍に笑いを堪えるクラウスさんが居て。
「クラウスさんっ! もうっビックリさせないで下さいよ!」
「何度も呼びましたが反応がなかったもので」
「――……で、用は何?」
「それが、忘れてしまいました」
にっこりと上品に笑うその顔に私は人差し指を突き付けた。
「絶対わざとでしょ! もうっ! 毎回毎回一体何なの!?」
久登さんみたいにただ一緒に読むだけならまだいい。
(内容が内容だけにちょっと嫌だけど)
だが彼はどういう訳かエロシーンの場面に首を突っ込み、執事の科白を囁いていくのだ。
「みゆ様はたかが漫画と仰いましたが、その漫画に余りにもご心酔のようなので、私が呼び戻した次第で御座います」
「……腐女子じゃないんだからきちんとそこら辺の区別は出来ていますのでご心配なく」
そもそも心酔って何よ? 別に私はギラギラした目で読んでるんじゃ…!
「…にしては性描写の部分のみ読む速度が落ちますね。ただ目で追えばいいものを、心の中で読んでいるのですか?」
「!」
そっそんな所まで見てたのか…!
「ひっ人の読み方にどうこう言わないで! 仕方ないでしょ! 慣れてないから絵ばかり気になって台詞がちっとも頭の中に入って来ないんだもん…」
「情事の場面では睦言しか書かれていないのでは?」
ぅ……そうだ。
久登さんの時みたいに飛ばし読みしちゃえば良かったんだ。
ただ展開的になんかヒロインと主人公の性描写はこの巻が最後みたいで、後はエロ無しのシリアス路線でラストまで突っ走る……とちはやちゃんが言うから何となく目を通しちゃっただけで……。
「とにかく用があったら呼ぶのでそれ以外は部屋に入らないで下さい!」
お嬢様じゃないんだから誰かが常に隣にいるのって耐えられない。
もしかしたらお嬢様の中にもそんな人いるかもしれないけど。
「それは出来ません。久登からも頼まれていますし」
「だから私を護る理由なんてどこにも…」
はっとした。
この人に至っては相手するからこうなるんだ。
いい加減私も学習しなければ。
「貴方の主は馨さんなんでしょ? その人の所に行けばいいじゃない」
こんなこと言っても馨様の意に反しますとかこの人は言うんだろうけど。
「……久登に替えさせましょうか?」
「? あの人はSPでしょ」
「私達がみゆ様の学校へ行ったあの日…瀬木谷様に問われました。貴方方は付き合っているのかと」
それを聴いた私は恐らく酷く間抜けな面を晒していたに違いない。
クラウスさんは一瞬だけ表情を和らげたが直ぐに真顔になり、
「久登と何かあったのですか? あの日以来貴女はどこか彼を避けている…」
「えぇー? 別に避けてなんか」
ないぞ。
寧ろ無愛想な割に可愛い性格が浮き彫りになり萌えています。
「私の目を見て言って下さい」
……すみません貴方の言う通りですクラウスさん。
「……」
笑顔が忘れられないんだ。
顔見るとどうしても思い出しちゃって。
おかしいな男の笑顔なら見慣れてる筈なのに。
「みゆ様」
「……っ。ごめん、ちょっとトイレに」
右手の上にかぶせるようにした左手が自然と強張る。
立ち上がろうと腰を浮かした時しかし腕を掴まれ再び座らされて。
ベッドに手を突くようにしてクラウスさんが体を寄せてきた。
「ふ…クラウスさん…?」
近い近い顔近い!!
「なぜ私の目を見ないのですか」
横向いたりなんだりしてると両手を添えられ顔そのものを固定されてしまった。
漆黒の目が更に近付く……。
「みゆ様」
思考が逸れているのを感付いたのか些か鋭い声で呼ばれる。
「……悪いのは貴方達なんだから……」
ぼそぼそと呟いたがこの距離だ。
恐らくはっきりと聞き取れているに違いない。
それでもクラウスさんは無言だ。
私が素直に吐露すると踏んだのか顔の拘束が解かれる。
すかさず私は横を向いた。
赤い顔を隠す為に。
「意味もなく笑ったりカオ近付けたりしないでよ。別に好きじゃないのに……寧ろ嫌いなのにこっちはドキドキしちゃうんだから!」
吐き捨てるように言ってからその内容に自分で忸怩して、…もっと顔が熱くなった。
「……左様で御座いますか」
「っ!?」
ところがクラウスさんの口調は堅いまま。
絶対笑われると思ってた私は別の意味で緊張した。
もしかしたら詞だけでどんな表情をしてるか判らない。
見てやろうと顔を正面に戻した時、
「――んぅっ」
クラウスさんの指が2本口内に突っ込まれた。
彼の顔は見えない。
耳元で吐息を感じるから。
「……不快にも奸な感情を抱いてしまいました。久登に同じ事を申してはいけませんよ」
手袋の布独特の舌触りとか、自分の唾液で濡らしてしまう申し訳なさとか頭の中はいっぱいいっぱいで逐一、クラウスさんの言葉の意味を考えてなんていなかった。
別に何言ってもいいから出してくれ!
早く!
苦しくて眉を寄せながら右手を離れた左手でグーをつくり、その胸元を叩く。
「それはそうと」
歯列を好きな様になぞられずぼっと抜かれる。
指先の方はもうベトベトでうわぁ糸が繋がってるなんて他人事に捉えてた。
新しい手袋用意しろとか言われたらどうしましょ。
「……甘い匂いが致しました。間食した際には口内を清潔にしなさいと申した筈ですが?」
そんなチョコの一粒で…第一子供じゃあるまいし……。
そもそも今まで虫歯になったことなどないので葉を磨くという習慣が七海家にはなかった。
「……はい。すすいできます…」
しかし今日は反駁する気分じゃない。
見た目綺麗な白い手袋越しとはいえ(だから余計汚いのだが)指を突っ込まれたんだからな。
…だけどまあこの人…口内虐めとは……酷いな……。
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