いろんなお話たち

場所は違えども。
この間は家族と、今日は友人と。
お出かけである。
待ち合わせの広場みたいな所で、
「みー!」
彩と若菜が手を振っていた。
「久登さんも一緒なんだね。宜しくぅ」
「お久しぶりです久登さん」
二人は事情を知っている。
だから久登さんも恰好は私服だけど恭しく一礼した。
久しぶりだからと彩はマップを広げる。
「さ…って、どこから行こうかぁ」

腰に刀を差すルックスの侍がいないせいか然程人目を集めない。
……って気にし過ぎるのもアレか。
しんがりを行くは彩。
さり気なく私はいったん立ち止まると、車いす組を先に行かせ一マスあけて後に最後尾を歩く。
「…みゆ?」
久登さんが足を止め振り返る。
いいから先に行けと手で示した。
「一人で行きたいの。隣に来るな」

「今日はクラウスさんは来なかったんだね」
昼飯のパスタをフォークでくるくると回しながら彩が言った。
「あー……うん…」
「じゃあ久登さんで決まりかぁ…」
惜しかったなぁ。
もう少し三角関係を見ていたかったのにと彩がぶつぶつ言う隣で若菜はさして驚いた風もなく、
「そうなんだ」
という。
私も彩が特に重大なことを言ってるとは思わないのでスルーした。
ヒドいと言って彩はちょっぴり頬をふくらましたけど、でもすぐにニコニコ笑う。
「…三角関係?」
「主従関係の事だよ。今日は久登さん一人が担当なんだねって話」
恋愛事に疎いのかはたまた職務以外は興味がないのか久登さんの呟きに私が答えると、
「……そうか」
彼はそれ以上その話題に触れてこなかった。

一階から五階まで全フロアが見渡せる吹抜広場にて。
なんだかざわざわしていたので近づくと、
「ヘイ、ガール! 俺様と恋のアバンチュールに出かけないか?」
「……」
目の前に突き出された鉤爪に口元が引きつった。
頭の上から足元まで見下ろしついでに周囲を見渡してやっと頭が冷静さを取り戻す。
……な、なんだコスプレイヤーの集いか……偽海賊の誘いを丁重に断り、
「ほ…他の場所に行くわ。ここは毒だ……」
なるべく集団を見ないようにしながら素早く離れた。
彩はキラキラした目で見てる。
「わーっ、すごい! みんな凝ってる!」
若菜はそんな彼女を放っておけないようで……。
「若菜。彩が飽きて他の場所行くって言ったらメール寄越して。戻ってくるから」
こうなりゃ少しの間別行動だ。
ふいと久登さんを捜すとロリータファッションのお姉様方に囲まれていた。
……よし、今しかない!

「どうもありがとうございましたー」
釣銭を財布に閉まった後で物が入ったビニル袋をショルダーバッグに入れる。
そうしてさっさとレジから離れた。
やった…!
捜し求めていたRPG(ゲームソフト)GET…!
ネット(samazone)では既に買えなくて店舗で探す他なくてここで見つけた時は、天にも昇る気持ちだったんだけど皆の前では買う勇気がなくて……。
(彩は結構アニメやゲームが好きだから分かってくれるだろうけど、そういうのやらない若菜には完全に引かれるだろうから)
「良かった…いやはや良かった良かった…!」
胸に手をあて喜びを噛みしめていると行き違う子供らが冷たい眼差しを向けていく。
…そろそろ玩具屋から離れるか…。
「まぁっ! まぁまぁまぁっ!」
向の子供服売り場に飛び込み、若菜から連絡来てないか携帯を開いたところでそんな声がした。
「なんて素敵な方なのかしら! 此方へはお一人で?」
オホホホホと笑うのが様になるような甲高いお嬢様風の声に、最近始まったばかりのゴスロリ少女探偵のアニメを思い出した。
「……」
少し興味が湧いたが出ていかない事にする。
恰好と顔のギャップって結構堪えるからね…見る側からしても。
……若菜からメールはまだないし…このフロア雑貨屋ってあったっけ?
小物系統でも見ようかな。
「ねぇっ。私が訊いていますのよっ。何とか仰ったら――」
「俺にはあんたと話す理由がない」
「…! そう、そう言うのね。この私相手に流石…と言うべきかしら。でも一庶民の姿なんて貴男には合わないわ――久登?」
「!」
聞き慣れた名前にどくんと心臓が跳ねた。
なんちゃってお嬢様と対峙してるのは久登さん…!?
覗き見ようとそろりそろりと歩く。
声に近づき…どうやら通路で話してるらしい…他の買い物客からすれば迷惑に違いない。
商品が陳列する棚に手を置き、身を乗り出
「! うぐっ」
そうとしたところで口元を大きな手に覆われ勢いよく背中から体が倒れた。
足が縺れ倒れそうになったが、誰かが背中で受けとめてくれたおかげで体勢を整えられて。
低い声で静かにしろと囁かれコクコクと頷くと手が離れる。
誰だ。
心拍数がすごい。
どきどき。
「…貴女はあの男の主ですか?」
振り返るとサングラス越しでも整った顔立ちだと判る謎の男ー!
「……」
久登さんにもクラウスさんにも、自分たちの存在は他言無用と言われてる。
何も言えないでいると男の声音が少しだけ刺を帯び、
「早急にこの場を離れて下さい。林檎様は例え貴女のような人でも容赦はしない…」
「り?」
首を傾げかけたところで男の手元で何か光る物を見た。
ちょっ銃刀法違反――!
言葉も出ずひたすら頷いてくるりと進行方向を変え歩きだす。
ゆっくりとしか歩けないが気持ち早く。
片方だけでも腕なんか振ってみたりして(何も変わらないけど)。
なんだ…何なんだ全く!
警備のおっちゃんちゃんと見回りしてよ! 変なのが入り込んでるよ!
「!」
キャラクター物の雑貨屋で見知った車椅子二台を見つけ、
「わかちゃん――彩!!」
素早く歩み寄った。
「みゆ、ちゃんと前見て歩いて! 危ないよ!」
少し怒った顔で「もーっ」と言う若菜にごめんと謝りつつ、
「みー。見てみて、これ。可愛いよ~」
棚から手に取ったぬいぐるみを見せてきた彩に一瞬和みかけたけど。
はっとする。
私は二人に説明するのももどかしく。
「早く帰ろう!」……。

「あのね――っはももももぶぅ!」
突然頭の上に衝撃が落ちてきて言葉が不自然に切れた。
「落ち着け」
昔手術した部分を避けてくれたとはいえ、何気に痛い。
もっと加減しろ! と擦りながら見上げると。
「…沖田さん…?」
「悪いが急用が出来たんでこいつ連れ帰っていいか?」
私の方は見ずに羽織袴姿の彼はそう言った。
質問文でありながら頷かなきゃいけないオーラを発しながら。
勿論急用が何かと訊けずにいる二人は心配そうに(彩はその手にぬいぐるみを抱えながら。まだ悩んでるのか。欲しいなら買えばいいのに)別れの言葉を告げてくれた。
……今度こそ誰一人として付き人を着けないようにしよう。
絶対に。

急用とか言っといて大した用じゃなかったらどうしてくれる。
「――って電車で帰るんかい!」
なんか騒々しい場所に来たと思ったら…まぁ駅と店繋がってるから電車も有だけど。
私の突っ込みも聞かずにクラウスさんは切符を買ってる。
言っちゃ悪いけどやっぱ不自然な光景…それにしても行きは車だったのに帰りは電車だなんて
「久登さん連れ去られたか……」
男が拐かされるってどうなんだろ。
考えているとこの呟きは聞き逃さなかったらしいクラウスさんが
「葵なら大丈夫だ」
と私の頭をぽんと叩いた。
「車ではあいつ一人で帰る」
……あ、大丈夫ってそっちの意味ですか。
改札に受け取った切符を通した。

二人立って電車を待っていると、一人の男性がにこにこしながら話しかけてきた。
「今日はなんか大きなイベントをやるらしくて朝から派手な連中が多くてな。中にはあんたと同じ侍の恰好した人も何人かいたんだが、いやぁ似合う。あんたが一番しっくりきてるよ」
「よ…良かったね沖田さん」
クラウスさんは名前からすれば本当は外国人。
他にみられるような日本好きとかそんな事はないようだから(寧ろ嫌い?)どうなんだろう…無言でいる彼の代りに
「沖田? あぁ…新選組の恰好も合いそうだねぇ」
「そ…そうですねアハハ」
私がおじさんの話に相槌を打つ。
不意におじさんの目が左に差してある刀へ
「それ…本物かい? 今はテロの時代だから飛行機は勿論刃物類の所持は禁止されてるけど、電車内も近々規制されるかもしれない」
クラウスさんは何も言わない。
いつの間にこんな朴念仁になったのだろう。
愛想笑いぐらいしてもいいだろうに
「…沖田さん?」
そうこうするうちに電車が近づいてくる音がした。
「……」
電車のドアが開く。
おじさんはこの次の電車に乗るらしくここで別れた。
にこやかで手を振ってきたので、こちらも振り返した。

手近にある銀色の手摺りを掴む。
吊革につかまるクラウスさんはそんな私の前に来た。
「……」
相も変わらず彼は静か。
前に久登さんも言ってたある人が来てて大変なのかな…顔の相好が綺麗な人の無表情って地味に怖い…。
幾つ駅を過ぎた辺りか分からない。
とある駅で子供の集団が乗車してきた。
彼らは興味深そうに私を何度かちら見して
「ね、おさむらいさんがいる」
一番背の低い年下らしい男の子がそう言ったのを皮切りに話題はクラウスさん一人に流れた。
「バカ、この時代にいる訳ないだろ。芸能人だとしても見た事ないし…オタクだよ、オタク」
リュックを背負いキャップを被った少年の言葉に腕を組んで目を閉じていたクラウスさんが目を開けた。
ちらりと少年らを一瞥。
すると彼らの顔が一時青白くなり。
「でっでもさ、あんなイケメンがマニアだったら納得だよな! スゲー似合ってるしカッコイイよ!」
「(ん…? マニアに降格?)」
急にキャップ少年が豪語し始めたのはなぜだろう。
ちらりとクラウスさんの顔色を窺うと彼は呆れたように目を閉じて嘆息していた。
日常生活における趣味の侵食の違いから言えば、オタクって言われるよりマニアの方がまだマシかもしれないけど……。
でもクラウスさんのこれは見る人によってはオタ(省略されました)
「…沖田さん…」
掛けた声は行き違う電車の走行音にかき消された。
そのまま沈黙が通り過ぎていき
<×○駅~♪×○駅~♪>
やっと駅に到着。
電車が止まりドアが開く。
先に降りる乗客に混じり
「先に行っています」
頭上で声を落としたクラウスさんが前を行った。
あ…言葉通常に戻った…?

「お帰りなさい、二人共」
駅から家までおよそ10分弱クラウスさんと歩き帰途に着いた。
久登さんはどうやら着替えたらしくいつもの白い長衣姿でいて。
「すまない七海。俺達の都合で」
「う、ううん。気にしないで」
少し乱れた髪と頬のキスマークを除けば別に変わりはな……き、き、キスマークだとぉぉ!?
「どうやら上手く撒いたらしいな」
「奴らも流石に公的手段を使ってまでは来なかった……恐らく俺達の籍はまだ馨様の下にある。奴らが向かうとすれば三枝木邸だろう」
「成る程な。つまりは俺の踏んだ通り……。二人共リビングに行っててくれ。見せたい物がある」
確かに外で話す内容じゃない。
踵を返した背中を見送り、先にドアを開けようと玄関の前でバッグに手を突っ込み鍵を探す。
「七海」
久登さんに呼ばれた。
顔見て気付くキスマーク。
何て言ったらいいのか分からず
「大変だったね! でもあの美人サンならちょっと優越感…ん? 違うか?」
振り向くと何とも言えぬ顔をした彼がいて私は気まずい思いではにかむ。
小さな堅い感触を掴んで引きぬいて。
鍵穴に差し込んで回す。
「後でいい。落ち着いたら消毒してくれないか」
かちゃりと音がする。
「? 別にすぐでもいいけどうち消毒液あったかな…」
もしかしてその服の下は痣だらけなのか。
救急箱はあるはあるんだけど中身はどれも古すぎて役に立たないと言った方がいいかもしれない。
そもそも転んで擦り剥くような怪我をする子供は生憎と家にはいない。
父は会社員だけども土日は百姓だからか切り傷は唾つけて治せという考えの持ち主で、私はどこか痛めるとしても筋ぐらいで(それだって湿布貼らずに我慢しちゃうが)……早い話が無頓着。
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