いろんなお話たち

とどのつまり、誕生会は不参加で、なんだかんだで3人の関係が続いたまま涙の卒業式を迎え(なぜか林檎ちゃんも祝いに来てくれた。電話の件を謝ったら逆に心配されたけどいい結果を報告できなかった。重ねてごめん)。
最初の1、2年は就活に励んだものの結果は芳しくなく――(入院したりなんだりで2年は潰れた。正月のおみくじも連続して凶だったので今年も特に期待はしてない)。
「……はぁ」
こうなりゃ実習先に行った地元のデイサービスにでも行くしかないか?
でもああいうとこは年とってからでも……ダイニングキッチンのテーブルで茶を飲んだついで突っ伏す。
「! うひゃっ…」
突然、襟足から項をそろそろと撫でられぱっと顔を上げるとクラウスさんが顔を覗き込んでた。
「腐ってんじゃねえよ。悄気る暇があるなら外行け、外」
「そんな引きこもり息子に母親が言うような台詞…言わないで下さい」
言って私はうなだれた。
クラウスさんも久登さんもそれなりに顔が広いらしく彼らの力を使えばそれこそ三流大学ぐらい通えるかもしれない。
働き手がないなら馨さんが住み込みで雇ってくれるとも言ってくれた。
なんとなく恐怖を覚えた後者はお断りしたといえど、……それ以前に所謂コネといわれるのを使うのは私は嫌だった。と
――クラウスさんに言ったら怠け者の逃げ口上だと言われた。
はいはい、どうせそうですよ!
……。
頬杖をついて考えること数秒。
「(でいさーびすは最終手段だ) クラウスさん。三枝木馨さんの連絡先。教えてくれますか」

「あら」
「(げっ)」
ゲストルームに呼ばれて行くとそこには先客がいた。
ソファーに座るドレス姿の少女とその傍に立つ茶髪のグラサン男。
男の方は私に気付くと軽く頭を下げた。
私もぎこちなく一礼する――まさか林檎ちゃんがいるなんて! 後ろの久登さんを振り返ると彼は私を見て微笑むと頷いた。
大丈夫…?
「ど、ご、……こ、こんにちは林檎ちゃん。こんなところで会えるなんて驚いたよ」
「私もですわみゆ様。相変わらず面白いお方」
「ちょっとかんだだけなんだけど。そうかなアハハ」
「……あら、あなた達知り合いだったの?」
声に顔を向けると開いたままのドアを背に馨さんが立っていた。
「おば様」
「あ…三枝木サン。ご無沙汰してます」
林檎ちゃんに倣い頭を下げると。
「三枝木なんてそんな他人行儀な。おばさんでいいわよ」
三枝木さんが笑った。
苗字が違うからおかしいなとは思ってたんだけど林檎ちゃんがおば様と呼ぶのはそのせいか。
三枝木さんは持っていた盆の上からソーサーを2つ。
それぞれ私と林檎ちゃんの前に置く。
men'sの分はないという訳か。
しかしながら私もトイレの件がある為飲む訳にはいかぬ。
後ろ振り向き目が合った久登さんに茶を勧めたが彼は静かに首を振った。
「馨さん、こりゃ一体……?」
思い切りつっけんどんな声がして声の主を確認したらなんとクラウスさん。
おいおい仮にも元・主でしょうが!
彼が怒る理由は私には解せないがおそらく茶が貰えなかったからが理由じゃないだろう(差し出したら不要の一句を頂戴したし)。
でも三枝木さんは構わないのか慣れてるのかにこやかに、
「別に、林檎さんは遊びに来てくれただけよ」
と答える。
「みゆ様は…?」
「あ、あのね」
「此方も久方ぶりに馨様のお顔を見に来ただけでございます。ね、みゆ様」
「あ、うん……そ、そうだよ」
こちらを捕える青眼が思いの外怖くて私は頷くしかない。
なんで林檎ちゃんの言葉に返そうとしたら久登さんが答えるの。
彼が嘘をついた意味が分からない私に三枝木さんはどこか面白そうに微笑むだけ。
「そういえばみゆ様、あれからお仕事はどこか見つかったの?」
「あ、うーん中々…難しくって…」
ハハハと渇いた笑みを溢しながら頭の後ろを掻く。
するとはぁーっと長い溜息が聞こえ。
「そう焦んなくてもいいって言ってんだろ。真面目過ぎんだよ、てめぇは」
「(えっ 唐突に優しげな声!?)」
虚を突かれて振り向くと存外柔らかな笑みを浮かべたクラウスさんの手が頭にのっかってそっと撫でられる。
戸惑う私に横にいた久登さんが、
「正直に言えば在学中と比べて今の方がお前と共にいる時間が増えるから俺達は」
とそこで一旦切ってからじわりと頬を染め。
「……嬉しく思っている」
「っ!」
なっなんなんだ一体!
もれなく二人共主演男優賞ゲット! ……って……。
「う、うーん悪いけど私はずっと家にいるのは少し…嫌だなあ」
私の言葉に頭にあった手の動きがぴたりと止まりその手がすっと下へ…なっなんと首に回っ(てそのまま締められ)た!
「うっ!」
「そりゃ、あんまりじゃねェか?」
だけど口から洩れた呻き程苦しくはなく、耳元の囁きは低く甘い……名前を呼ぶ声は明らかに芝居がかかってた。
そんなこと私にもわかった。
だけどそれにドキリと感じてしまった……悪たれてやろうと思ったのにクラウスさんが離れても何も言葉が返せない私に、
「いつの間にあなた達そんなに仲良くなったの?」
微笑みながら三枝木さんがそう言う。
「そんなっ仲良くなんて…」
断固として違うっ!
首と両手を激しくぶんぶん振る私にどこかでわざとらしい溜息が聞こえた。
「こいつの頼みで馨さん、あんたに連絡をした訳だが……すまねぇ。今日のところはひとまず、このまま連れて帰っていいか?」
あんた何を言っ……!
抗議しようと振り向いた先に合った、クラウスさんの、眼。
「……。あ、ウン……。帰りたい、な」
交錯した視線に私をYESと言わせるだけの効果は十分あった。
見る者を硬直させる厳しい双眸。
いつも思うけどなんで私だけ怖い思いをしなきゃいけないんだ。
「…そう。まぁ私は構わないけれど。困るのは貴女よ?」
そして。
意味深な笑みと共にそう言った三枝木さんに怖さとは別のものを感じ……。
「あり得ないな」
「……全くだ」
あてがわれた部屋にて二名揃っての溜息に私は窓の外から視線を外す。
「煩いわよあんた達。私の決めたことに口出ししないで頂戴」
溜息吐きたい気持ちは私も一緒だ。
貰えた仕事は三枝木邸の給仕……という訳でなく。

『……え?』
『だから。雇い主は私でなく彼女なのよ』
『みゆ様には、私の学校で補助員として働いて貰いたいのですっ』
『がっ…こう?』
『あっそんな身構えないで下さい。司書教諭の助手さんが今ちょっと不在で。誰かにお願いしようかと思ってたんですがそんな時に馨さんから連絡を受けまして』
『……林檎様、』
『貴方は黙ってなさいレイ。みゆ様、やって下さらない? 勿論ただとは言わないわ――そうね。3ヶ月の契約で一教諭が貰う額の凡そ一年分……は差し上げます。どう?』
『……悪いけどお金が絡むなら辞退するよ。私で役に立てるなら幾らでも力になりますが…』

無償でいいから。
「(ってのは少し惜しかったかも)……だーいじょうぶだよ。3ヶ月なんてすぐすぐ」
にへらと笑う私にクラウスさんは不機嫌ありありといった……久登さんは険しい表情を浮かべる。
と、不意にクラウスさんの眉が下がり
「ま、俺は狙われちゃいねえからな。後はお前の問題だ、……葵」
眞行としてそう言うと少し…いやかなり乱暴にドアを開けて部屋を出て行った。
「……」
「みゆ」
びっくぅ!
あからさまに反応する私に久登さんは笑うことなく。
ただ目線を下に下げたまま、
「……」
何かを言い掛けて口をつぐんだ。
……久登さん……。
「久登」
私の声に顔を上げる。
「別にあなたの存在が迷惑なんじゃないんですよ」
貴方を渡したくないというのはある意味で久登さんを所望する林檎ちゃんと同じ意味を持ってる。
だけど私はそうじゃなくて…本当になんて言ったらいいのかな、ただ……ただね。
「今の関係が嫌なんです。家は…私の家には。父と母と私と。3人で、」
頬を包むように彼の手が触れた。
気付けば目の前に膝を折るような形で目線を合わせてしゃがみこむ久登さんがいて。
消え入りそうな声で彼が私に詫びた。
違う。
そんな顔させたいんじゃないの。
二人が来たことで父母からすれば老後のこととか考えて、いろいろと楽になったに違いない。
だけどねそんな楽しちゃいけないと思うの。
私個人の感情で申し訳ないけれども私は久登さんとクラウスさんには本当に私以外のところで、(だからその為にはやっぱり傷つける言葉を口にしなくちゃいけなくて)……考えているうちになぜだか泣けてきた。
自分じゃ全然そんな気持ちないのに何かが込み上げてくる。
目が赤くなる。
「っすみませ」
自分のせいだと勘違いしたのだろう、離れた温もりに涙を流したくなくて目を閉じたらその上に手じゃない何かが触れた。
あつい。
驚いて目をぱちぱちさせると弾ける雫。
零れた水滴が頬を伝ったらその後にまた同じ熱。
視界に入る金の色は……。
いつもよりもずっと近くにある海の双眸。
吸い込まれそうで本当に綺麗で、嫌いになんかなれる筈なくて。
「っ……す、き」
真意だけは伝えたくて小刻みに震える唇を開けたら、――三度目の熱を、そこに感じた。
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