いろんなお話たち

買い物といっても特に買いたい物がある訳じゃなかった。
ただぶらりと歩くだけ。
広い建物の中を悠然と歩く、それだけでもとても気持ちよかった。
一人きりの買い物は、思えば初めてかもしれない。
不安がないと言えばうそになる、けれど。
私はもういい大人なんだし、誰かがずうっとくっついていなくてもいいでしょ。
一人だからか、ふと思い出す。
私みたいな人は自分で真っ直ぐ歩いてるつもりでもどこか前傾姿勢だって。
知らず、意識する。
上から糸で引っ張られてる人形みたいに真っ直ぐ背筋を伸ばすことを。
不意にファンシー雑貨を見つけて、私はその店へと足を進める。
「きゃぁぁあ可愛い子がいっぱい~」
両親揃って動物性アレルギーの為今まで動物を飼ったことがなかった。
代わりに集めてたのがぬいぐるみで(有名な版権キャラは除く)、今私の前にあるのはウサギとハリネズミと羊と犬とキリンとゾウとハチとペンギンとウルパコと……あああなんか動物園に行きたくなってきた。
今まで行ったことは勿論なかった、久登さんとクラウスさんと、二人いた時にお願いしてみれば良かったのか。
「七海みゆ…ちゃん?」
控えめに耳に入ってきた高めの声。
振り向くと一組のカップルが。
男の方は若干目を逸らしていて女の子の方が少しかがんでこちらを覗き見るように見ていた。
薄めのアイシャドウに縁取られたアーモンドのようなぱっちり眼が柔らかく細められる。
「やっぱり! みゆちゃんだー久しぶり」
「……」
えっと……。
「誰?」
「小学校の時の同級生」
私が聞きたいそれを口にした男はそうかと言うと女の子が止めるのも構わずどこかへ行ってしまった。
用は積もる話でもしたらと気を利かせてくれたらしい。
同級生……か。
「あー…もう、変な気なんか遣わなくていいのに」
「……彼氏?」
「あ、やっぱりそう見える? うんー同じ大学のね、」
○○くん。
恥ずかしそうにでも嬉しそうに笑いながら男の名を口にする彼女を、太陽に見立てて眩しくて目を細めて見た。
なんて可愛い恰好して、なんて自信気なんだろう。
「大学生かー綺麗な人だからどこのお嬢さんかと思った」
「そんな。みゆちゃんも可愛くなったよ~今何してるの?」
「あ、えっとねえ…在宅でパソコン関係のお仕事をちょっと」
「へえ! すごいね! 私は…実は声優を目指してるんだけどー…」
私。
私も、彼女と同じ健常者の時があった。
見た目変わらない私に反して皆は綺麗にかっこよく変わったに違いない。
皆には私が判るけど正直私には皆が判らない。
声をかけてくれるのは嬉しいけど(倒れて入院してる時。あの時は誰も私に声なんかかけて来なかったのに)。
こうして話すのは楽しいけど(嘘で塗り固めた私の話に比べてあなたはなんて輝いてるの)。
「……そうなんだ。頑張ってね」
「みゆちゃんも! お互い頑張ろうね! じゃあね~」
あと何回、笑ったらいいの?
あと何回、泣きたい想いで手を振ったらいいの?


星形両目のうち片方の目尻には涙の雫付き。
口をきゅっと引き結んだ表情をしたもこもこウサギぬいぐるみを膝上で遊ばす。
そろそろ帰らなきゃいけないけどもう少しいいかな。
もう少しいいよね。
夕方お母さんが帰ってくる、だからそれまでに家に居ないと出かけたことがバレる。
怒られる、わかってるのに、怒られるのは嫌なのに脚が帰ろうとしない。
ずるずると行きたくない気持ちを引き伸ばしてモール内を歩きストアが並ぶ通路に配置された長椅子に尻を落とす。
そこでなんとなしにぬいぐるみを玩んでる。
せっかくのお買い物だけど土産がこの子ひとりになりそう。
元々そんなお金遣う方じゃないしね。
「……(私がもしも普通の女の子だったら)」
少女漫画とかによくある、たった一人で地球の為に悪と戦う魔法少女やってる主人公の台詞をぼやきながら
「…カレも居たのかな…」
手を離すと、こてんと丸められた右腕の上にぬいぐるみが倒れた。
知らずと動く左の指を唇に持っていってしまう。
もしもいたら手だって繋げてキスも出来たかも。
それから雑誌に書かれてる以上のコトだって、元々考えあぐねていたことを今更になって私は、嗚呼もうホントしつこいな――。
視界を小さな影が横切ったあと。
「実由っ!」
みゆ、に反応して声の方を見る。
一人の少年が小さな女の子を追い掛けていって。
女の子が振り返ってお兄ちゃん、と少年のことを呼んだ。
『私、一人っ子だったんでずっと兄弟に憧れて。二人にはお兄さんになってほしいです』
ある日ふざけて二人に言ったセリフ。
どうして今、思い出す。

『…は?』
『変装…ですか?』
『うん。どこか出かける時いつも連れていってくれるのはとても助かってるんだけど如何せんその格好がね、ちょっとイタいかなぁというか何というか』
『私共と比べると自分の容姿が釣り合わなくて恥ずかしいと素直に言ったらどうですか』
『黙らっしゃい! そもそも屋内専用の執事がなんで外出に付き合うのかずぅっっと! 疑問だったんだけど』
『お嬢様の傍を離れるなど自分にとっては拷問でしかありませんので』
『棒読みありがとう。……で、畢竟のるののらないのどっち?』
………。
……。
…。
『なんですかこれは』
不服そうな顔を抜かせば私の見立てどおり!
ちゃんと着てくれたんですねと言ったらご命令ですのでと彼は溜息混じりに言った。
『洋名のわりに容姿はまるで日本人じゃないですか。だからクラウスさんにはもしかして着物が似合うんじゃないかと思ったんですよ』
『成る程素晴らしいアイディアですね。しかし貴女の観察力は間違っている。……私はあまりこの国を好きではない』
『とかいって日常会話日本語じゃないですか』
『みゆ様の知能程度に合わせているだけです』
『言語能力って言ってよ! それじゃなんかバカみたいじゃん。私だって別にあんたとは話したくなんかないからお国言葉使ったらどーでしょーか!?』
『よさないか、二人とも』
間に入る久登さんをついと視界に入れると。
『あっあれ久登さんそれ…どこで?』
クラウスさんと比べるとあまりにもあっさりとした久登さんはパーカーにカーゴパンツというラフな出で立ち。
彼には特にこれといった注文はしていない。
だからだろうか。
『適当に入った店で最低額の予算で店員に見立てて貰ったのだが、…どこかおかしいだろうか』
もしかしてその店はユニシロと言いませんか。
低価格でいい品が買えるあの店じゃないですか。
喉まで出かかった言葉を呑み込み私は笑顔で似合いますよと告げる。
するとなぜか彼の目元が赤まった。
『あ、でも頭が目立ちますね…』
久登さんは和名だけど容姿は金髪青眼。
髪も眼も真っ黒のクラウスさんとはまるで対照的だ。
『ああそれなら、』
言って彼はパーカーの後ろに手をやりフードを目深に被る。
『……これでいい』
『…。クラウスさん、あなたも普段着でいいや』
恐らく素材がいいから久登さんの格好をダサいと感じないのだろう。
羨ましいなと思うと同時に一つの配役が決まった。
彼ら二人は兄で私は妹。
先輩後輩でもいいけどタメには多分見えないだろうから。
劇の題目はリアルに言えてる『ちぐはぐ』。
『私、一人っ子だったんでずっと兄弟に憧れてて。二人にはお兄さんになってほしいです』

召使いを抱える人は小さい頃から他人を使うことに慣れてるに違いない。
けど私は、どうしても慣れなかった。
お父さんお母さんはもうすっかり二人に慣れて、それこそ依存しかけてたけど。
沖田と葵ってのが常だったのも私の為だったのかもしれない、なんて。
何だかんだで久登さん、クラウスさん二人は優しかった……と今なら思う。
それなりに楽しかった生活を送れた。
けど、それ以上の感情はない。
抱いてはならない。
血のつながりも何もないただの他人なのだから。
「(まぁ従者がいるっていう生活は、外なんか歩いてる時ちょっと優越感だったから執事やボディーガードとしてもっと連れ歩くべきだったかな)」
ふっと自嘲気味に笑った時、
「みーちゃん?」
澄んだ声が空気を震わせて聴こえて、はっと顔を向けた。
少し先で彩が驚いた顔をしてた。
しかしすぐに。
ひざ上に載せてた小さなバッグを、座面下のネットの上に移し、両腕フリーとなった彼女は物凄い顔でこちらへ走ってきた。
しかしいかんせん、去年、腕骨折して以来あまり強く車椅子をこがなくなって体力が落ちてしまったのか、以前に比べてちょっとの距離なのに、息苦しそうだ。
「……ひ……久々に走った……」
「だ…大丈夫?」
私は立ち上がって、ハァハァと肩で呼吸をする彼女の肩に、そっと手を置く。
「ありがと! 大丈夫だよ、体力つけないとだし! この間…ん? 3か月前か、京子ちゃんと3人で行ったカラオケ以来だね! 元気にしてた?」
彼女はちょっと空気が読めないところがあるけど、この明るさが今は心地よかった。
「うん。相変わらずニートしてるよ」
「そっかそっかぁー。毎日ごくろうさまです」
そしてノリがいい。
真面目な若菜みたいに働きなよとか言ってこないぶん、苦じゃない。
「今日は買い物?」
「ん。作業所ずる休みして、お母さんと来たの。みーちゃんは……」
行って、額に手をあてきょろきょろと周囲を見渡す。
「そのぬいぐるみ。私も見たことあるよ、可愛いよね!」
そして歯を見せてにっこりと笑ったあと。
不意に眉尻と口角をへにゃりと下げた。
「……同じ顔してる。みーちゃん」
「え」
言われるまで気付かない。
だって、左目は乾いてるもの。
目に手を近づけて、やめる。
涙が溜まってないのに拭うことなんてない。
じゃあ右は。
と思って頬骨のすぐそばに触れたら。
指先が濡れた気がして、驚いて自分でその指を見た。
「あれ……おかしいな」
もう一度触れる、下から上へと。
やっぱり滴が辿った道がそこにはあって。
おかしくて触れたまま、笑ったら、今度は流れることはなかった。
なんだ。
一回だけか。
気のせいだ。
なぜかそう強く自分の中で思っていた時、こもったデジタル音がした。
聞きなれた着信メロディに、バッグのかぶせ蓋を開け手を突っ込み携帯をとりだす。
背面ディスプレイに表示された名前に目をぎゅっと閉じて、横のボタンを押して画面を開く。
しかし通話ボタンをおした直後、横から携帯をかっさらう手があった。
『みゆ!? あなた』
「―――ごめんなさい、おばさん!」
母の大きな声は私でも聴こえた。
しかしそれを遮って、彩が大きく謝罪する。
言葉だけでなく、彼女は深く頭を下げた。
「私が誘ったんです、渋ってたみゆちゃんをムリヤリ!! おばさんが帰ってくるまでって、約束だったんですけど、やっぱりみゆちゃんと遊ぶのは楽しくて! こんな時間になっちゃいました、すみません!! 今から帰りますんで!」
何度も頭を下げながら大声で受話口に叫ぶ彼女の言動に、あっけにとられて茫然としてしまう。
「行きと同じように、私の車で行くので! ほんとごめんなさい、おばさん!!」
もう一度母に詫びてから、返事を待たずに電話を切り、画面を見つめ彩は深く呼気した。
「………」
「………」
「……あ、あの、彩……」
「うん。いつも誰かぁ~と一緒のみーちゃんが一人だから、ヘンだと思ったんだ。私、芝居…うまく出来てた? でもね、一緒に車で帰るのは本当だよ」
みーちゃんが心配だから。
そう言って笑った彼女が、なんだか天使に見えた。

あのあと、彩は母親と電話で連絡を取り合い私も一緒に合流した。
事情を話すと快く私を家まで送ることを小母さんは了承してくれて、ありがたいというかなんというか、結局人の手を借りてしまった訳だが、……やはり、助かったと思う。
彩があそこで声をかけてくれなかったら、まだまだマイナス思考の泥水に思考が浸かってたかもしれないから。
しかし……彩。
「ねーねー、そういえばー、クラウスさんと久登さんは? 今日一緒じゃないみたいだし、ちいっとも、話題に出さないよねぇ?」
「お察し下さいオーラを出してるんだけど、気付かないかな? ねえ、わざと?」
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