いろんなお話たち
車いすから身を乗り出す形で彩が腕を掴んで聞いてくる。
右腕だったので無言で掴まれてた時は全く気付かなかったのだが、大きく声をかけられて気付いた。
しかし、気付かないままの方が良かったのか。
彩の車は車いすごと乗り込めるタイプで、お喋りもするしと、隣の補助席に私は座った。
座ったのだが、車発射して5分も経たないうちに、その話題は正直キツイです彩さん。
「彩ちゃん。七海さんも話したくないことぐらいあるんだろうから、無理に訊くのはやめましょ」
「おかーさんは関係ないから。間に入ってこないでよ」
「はいはい。うふふっ」
「で、みーちゃん」
彩の視線が痛い。
直接彼女の方を見て確認しなくてもわかる。
さっきは天使なんて思ったけど、やっぱこの子KYだわ。
「あー、だから二人とは……その……」
車内をぐるぐると見回す。
眼球がぐるぐると回っていい運動になるなコレは、筋力ほぐすためにたまにやろう、いやそうじゃなくて。
どうしよう。
いい言葉が、言い訳が思い浮かばない。
「(クビにしたなんて言ったら、また彩はうるさく騒ぎそうだしなぁ…)」
「………」
ふと、横ではぁぁと大げさな溜息が聴こえた。
彩が離れるのが気配でわかって。
おそるおそる窺うように右を見ると、彩はひざ上に載せたバッグからスマートフォンを取り出して。
「わかった。いちいち喧嘩した理由までは聞かないよ。ゴメンね。でも、早く仲直りするんだよ」
画面を見つめ指で操作しながらそう言った。
「彩」
「ま、大丈夫か。君達、なんだかんだで仲良いから」
「え…そんなことないよ」
「またまたあ」
バッグからイヤホンを取り出し、プラグをコネクタに挿し込む。
そうして耳にイヤーピースを入れる前に彩はこちらを見て笑った。
「ほんと良かったね。みーちゃん、いいひとと出会えて」
羨ましいなぁという彼女に、最初から久登さんを彩の下へ行かせていればと思った。
彼女は車いすだからおそらく介護という面で人の手は私より必要だろうし、林檎ちゃんに目をつけられることもなかったかも。
あ、いや、別に彩の他に学校の仲間なら誰でもよかったんだけど。
「……うん」
以前なら首を横に振っていただろう。
けど今は。
特に否定する理由もないので、頷く。
不思議と無心でいられた。
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