いろんなお話たち
その日は休日のみ装着だったリボンを髪の房に巻いて学校に行った。
と言うのも前日に会った友人に軽い調子で一言、「折角だから学校でもすれば?」と進言されたからで。
決して、この春に進級もしたしちょっとの校則違反ぐらいいいだろうと思っている訳では無く。
そこそこの学力らしく、地味で平凡な一生徒の私は。
お母さんには当然のこと、学校の先生方にも迷惑をかけるつもりなんてなくて。
だからそう。
「おい、」
校門のところでチェックする先生の姿を発見しても、変に動揺したりせずさわやかに挨拶をして通り過ぎた。
通り過ぎた……筈なんだけど、あれ、足が動かない?
「潮崎。止まれ。なんだその髪に巻いてる奴は。包帯か?」
毛むくじゃらのミミズみたいな太い指に肩を掴まれていて、振り返るとジャージの下には御饅頭のようにお腹が膨らんでいる先生がいた。
確か名前があったはず、でもセクハラおやじ、と女子の間で囁かれるあだ名しかすぐには浮かんでこなかった。
この男、教師という権利を振り回して女子生徒に、若い女性教員に好きなことしてるって嫌な噂の絶えない最低ダメダメ教師だ。
よりによってなんで今日に限って検査なんだだろう。
今朝は占いを見なかったから気付かなかったのかなぁ。
あんぐりと開いた口を閉じて、とりあえず私は笑顔を張り付けた。
「はい。今朝切って、少し血が出ちゃって。それで止血してるんです」
「バカヤロウ」とすかさず頭に落ちてきた拳に、笑顔の仮面のまま固まる。
「放課後指導室な。逃げるなよ」
頭上に落とした拳骨を肩まで下ろし、耳元で囁くセクハラ教師。
にやりと弧を描く口元からは、煙草特有の臭いがして耐えきれず眉を寄せた。
教室に入ってすぐ。
友人の姿を見るなり思わず私は彼女に泣きついてしまった。
訳を聞いた友人は、「あんたそりゃもうしょうがないよ。腹くくりな」と冷たくあしらうようなことを言ってきたけど。
もしも噂以上のことをされたら、翌日オヤジの顔をぶん殴ってくれると約束してくれた。
お互いの親に話そう、との言葉には素直に頷くことはできなかったけど。
それでも「放課後は不安だろうけど、でもそのリボンやっぱり似合ってるよ」と言ってくれた友人。
「男子もあんたこと違う目で見てる」…なーんて言うのは、ちょっとオーバーすぎじゃない?
でも話題変えてくれてありがとね。
頼れる姉御肌のそんな友人が、好きだ。
生徒指導室では朝の教諭が待っていて。
中央の椅子に私を座らせると「頑張れよ」と肩に手がのってきた。
気安く触らないでと胸中で毒づくなか、机の上の作文用紙に気付いて。
どうやら反省文一枚で処分は済むようだがなにを書けばいいのかわからない。
校則違反云々……、どう書けば?
どうようか。
顎に手をあてて考えていると、背後に人の気配を感じた。
「潮崎」
「!」
耳元で低い声がして。
制服の上から胸をぎゅっと掴まれた。
体が強張る。
何――――――!?
「せ…先生?」
「お? なんだ? 潮崎は着痩せするタイプなのか?」
「や…やめっ」
先生の指が胸にくい込む。
引き剥がそうとしてもびくともしなくて、むにむにと揉まれる。
「いやぁっ」
「へへっ…ちーっと我慢してりゃ、免除してやってもいいんだぜぇ」
肩に頭が乗り、ふっと息を首筋に吹き掛けられる。
冗談じゃない。
怒りに身を任せ、オヤジの手の甲に思い切り爪を立てた。
「いてててて!」
手が離れた隙に、椅子を倒す勢いで立ち上がり、急いで指導室から飛び出した。
そのまま振り返らず、教室に荷物を取りに戻る余裕もなく、下駄箱で靴を履き替える時間も惜しくて、そのまま外へ出る。
家へ帰り自室に鍵をかけて籠り。
ベッドにうつぶせでダイブして。
お気に入りのぬいぐるみをひっしと強く抱きしめる。
それでも胸はドキドキと早鐘を打っていて。
全身だらだらと冷や汗が流れて。
怖くて恐くてしょうがなかった。
昼間、友達と笑って話していたけど。
無理。
実際に体験すると、なんて恐いんだろう……。
「(明日からどうしよう……)」
いいや、しばらく体調が悪いからって、学校休ませてもらおう……。
お母さんには、話せそうになかった。
と言うのも前日に会った友人に軽い調子で一言、「折角だから学校でもすれば?」と進言されたからで。
決して、この春に進級もしたしちょっとの校則違反ぐらいいいだろうと思っている訳では無く。
そこそこの学力らしく、地味で平凡な一生徒の私は。
お母さんには当然のこと、学校の先生方にも迷惑をかけるつもりなんてなくて。
だからそう。
「おい、」
校門のところでチェックする先生の姿を発見しても、変に動揺したりせずさわやかに挨拶をして通り過ぎた。
通り過ぎた……筈なんだけど、あれ、足が動かない?
「潮崎。止まれ。なんだその髪に巻いてる奴は。包帯か?」
毛むくじゃらのミミズみたいな太い指に肩を掴まれていて、振り返るとジャージの下には御饅頭のようにお腹が膨らんでいる先生がいた。
確か名前があったはず、でもセクハラおやじ、と女子の間で囁かれるあだ名しかすぐには浮かんでこなかった。
この男、教師という権利を振り回して女子生徒に、若い女性教員に好きなことしてるって嫌な噂の絶えない最低ダメダメ教師だ。
よりによってなんで今日に限って検査なんだだろう。
今朝は占いを見なかったから気付かなかったのかなぁ。
あんぐりと開いた口を閉じて、とりあえず私は笑顔を張り付けた。
「はい。今朝切って、少し血が出ちゃって。それで止血してるんです」
「バカヤロウ」とすかさず頭に落ちてきた拳に、笑顔の仮面のまま固まる。
「放課後指導室な。逃げるなよ」
頭上に落とした拳骨を肩まで下ろし、耳元で囁くセクハラ教師。
にやりと弧を描く口元からは、煙草特有の臭いがして耐えきれず眉を寄せた。
教室に入ってすぐ。
友人の姿を見るなり思わず私は彼女に泣きついてしまった。
訳を聞いた友人は、「あんたそりゃもうしょうがないよ。腹くくりな」と冷たくあしらうようなことを言ってきたけど。
もしも噂以上のことをされたら、翌日オヤジの顔をぶん殴ってくれると約束してくれた。
お互いの親に話そう、との言葉には素直に頷くことはできなかったけど。
それでも「放課後は不安だろうけど、でもそのリボンやっぱり似合ってるよ」と言ってくれた友人。
「男子もあんたこと違う目で見てる」…なーんて言うのは、ちょっとオーバーすぎじゃない?
でも話題変えてくれてありがとね。
頼れる姉御肌のそんな友人が、好きだ。
生徒指導室では朝の教諭が待っていて。
中央の椅子に私を座らせると「頑張れよ」と肩に手がのってきた。
気安く触らないでと胸中で毒づくなか、机の上の作文用紙に気付いて。
どうやら反省文一枚で処分は済むようだがなにを書けばいいのかわからない。
校則違反云々……、どう書けば?
どうようか。
顎に手をあてて考えていると、背後に人の気配を感じた。
「潮崎」
「!」
耳元で低い声がして。
制服の上から胸をぎゅっと掴まれた。
体が強張る。
何――――――!?
「せ…先生?」
「お? なんだ? 潮崎は着痩せするタイプなのか?」
「や…やめっ」
先生の指が胸にくい込む。
引き剥がそうとしてもびくともしなくて、むにむにと揉まれる。
「いやぁっ」
「へへっ…ちーっと我慢してりゃ、免除してやってもいいんだぜぇ」
肩に頭が乗り、ふっと息を首筋に吹き掛けられる。
冗談じゃない。
怒りに身を任せ、オヤジの手の甲に思い切り爪を立てた。
「いてててて!」
手が離れた隙に、椅子を倒す勢いで立ち上がり、急いで指導室から飛び出した。
そのまま振り返らず、教室に荷物を取りに戻る余裕もなく、下駄箱で靴を履き替える時間も惜しくて、そのまま外へ出る。
家へ帰り自室に鍵をかけて籠り。
ベッドにうつぶせでダイブして。
お気に入りのぬいぐるみをひっしと強く抱きしめる。
それでも胸はドキドキと早鐘を打っていて。
全身だらだらと冷や汗が流れて。
怖くて恐くてしょうがなかった。
昼間、友達と笑って話していたけど。
無理。
実際に体験すると、なんて恐いんだろう……。
「(明日からどうしよう……)」
いいや、しばらく体調が悪いからって、学校休ませてもらおう……。
お母さんには、話せそうになかった。