いろんなお話たち
「あ、目が覚めた?」
空色の髪とよく晴れた日の海色の瞳。
とてつもない美少女がこちらの顔を覗き込んでいた。
びっくりして、二次元の世界に迷い込んだのかと思って、素早く体を起こした。
「ッ……」
途端に起こるあちこちでの痛みに顔が歪む。
手の甲と掌を交互に見る。
私の手。
ふ、と掌に白い羽が落ちたので顔をあげると、少女の後ろに白い翼が見えた。
……あ。
『早織様! この者――』
高い声に、視界を何かが横切った気がして、見ると青く透き通った体の妖精がいた。
妖精が呼んだ少女の名前。
さおり。
同じ音。
あ、妖精のそば……机の上に、置いてきた筈の髪飾りがある。
口内で舌打ちしそうになったところで、
「一緒に落ちてたの。大丈夫、あとで返すよ」
私の視線を追って髪飾りを見た少女が、こちらに視線を戻し微笑んだ。
「はじめまして未来の水神様。私はこの時代の水神を務めてる、早織ですっ」

体の痛みその他は、あのあと彼女がすぐに癒してくれたので治まった。
今は髪飾りが置いてあったテーブルに向かい合って座ってる。
淹れてくれたお茶が美味しい。
髪飾りはすぐに着ける気にはなれなくて、そうしたら興味があるらしい妖精がその上に足を組んで座ってる。
この妖精は、もしかして神の意思を伝える妖精……?
「どうしてこの道を選んだ、か……そうだね。変わりたいと思ったからかな。新しい自分に生まれ変わりたかった。神になる前の私はいろいろと制限が多くて、我慢しちゃう毎日だったから解放されたかったの。心も体も」
あなたは? と訊かれ、まっすぐな眼差しに目をそらす。
ひざ上に置いた手でグーを作った。
「……まぁ、最初は戸惑いが多いよね」
柔らかく笑んだあと、立ち上がりテーブルに近づく少女。
『早織様、これ……』
「ん。わかってる。やっぱり、このシステムに変わるんだよ」
小さな声で交わされる会話にはっと顔を上げる。
眉を下げ悲しそうな顔をする少女がそっと髪飾りに手を伸ばした。
指先が触れた刹那、水しぶきが起きて。
一瞬間があいたあと髪飾りをつかむ。
そして大事そうに持ちながら、私の下へ来た。
髪飾りは持ち主の願いをかなえるとイリヤは言っていた。
何度も私を思い浮かべて、だから私に会えたと嬉しそうに言っていた。
でも、あれはなんだ?
向こうで見たのは、これは、髪飾りは、イリヤを殺そうとした。
剣へと姿を変えた。
私を主に認めたとか言ってたけど、だったら尚更だ。
今すぐイリヤの元へ帰れ。
「………」
なんて、この場で言える訳なく。
ただおとなしく受け取った。
強く唇をかみしめる。
全てを話したくなる。
だけど、そういえば私、まだこの子に名乗ってないから。
初対面の人にずばずば言える訳ないから。
そんな失礼なこと出来ないって、わかるよ。
一応常識あるもん。
「私の名前は小織。あなたと同じ名前です。あなたに色々教えてほしくて、この世界に来ました」

まずは神制度について。
この時代はどうなってるのか聞くと、少女は言った。
私のいる時代のことはわからないけど、この時代では、少なくとも妖精自身が神となる者を選ぶ。
多くは天上人と地底人で、彼らに関しては神をやめてもその命がある。
だけど地上人に関しては、生きていないのでわからないとのことだった。
当然かもしれない。
いくら神の力を得たとしても、体はしょせんただの人間。
長生きしても110ないし120。
おまけに今のところは、少女のみが地上人。
あとは天上人二人と地底人一人。
その他、向こうの世界であらかた情報は掴んできた。
この時代の神王や、地上の文明など。
一通り雑談して、ふと思い出したように少女は言った。
「あっ! そういえば住居……どうしよっか」
『うーん…。ハーヴェイ様に頼めば塔内の空き部屋を貸してくれると思いますが……』
「駄目。そしたら、ギルバート様にも報告がいくよ。私一人が怒られる分にはいいけど、ただの旅行者であるサオちゃんを巻き込む訳にいかないもの」
とりあえず本心を話せるまでは、私は時空旅行者ということにした。
そしてさおりさん、じゃ彼女自身恥ずかしいとのことで、私はあだ名で呼ばれることに。
ギルバートとハーヴェイ。
その2人の名前は、向こうの世界で本に載ってたからすぐにピンときた。
…ギルバートについては、この少女が死ぬきっかけになるんだっけな。
こりゃ、あとでチェックしなきゃ…でも、内密にするっていったっけか? ぬー……。
「私のこの部屋を使えればいいんだけど……。私しばらく地上に帰るから……。そうだ。精ちゃん、この子の中に入って私に化けてくれる?」
可愛らしくその手を合わせたあとでとんでもない発言をかます少女に、えええ…!と声をあげる。
すると同じように妖精が抗議の声をあげた。
『いいいいくらなんでもそれは無理ですって! ギルバートの奴はごまかせても、ハーヴェイ様を騙すなんて私にはできませんっ!』
「……だよねぇ…うーん…」
腕を組んで、早織さんはうんうん唸ったあと。

「で、話って? オレは見ての通り忙しいんだ。くだらねぇ用だったらぶっ飛ばすぞ」
上半身裸で腕を組むチビ男に、物陰に潜んで様子を伺っていた私は早織さんの選定を疑った。
鎖骨のところにありありと残るキスマーク。
ナニをしてたなんて明白だろう、事実早織さんも顔を赤くして男の顔を正面から見ようとしない。
「ルフトさん。女の子を一人、匿ってほしいの」
「あ?」
「だっ…大事な子だから、手は出さないでね?」
「おまえ、馬鹿か? ナタリーに頼めばいいじゃねぇか」
「ナタリィちゃんは……イイ子、だから」
「はぁ?」
「さっサオちゃん…!」
眉を顰めて低くなった声音に、早織さんは大げさに肩をびくつかせてから、私の名前を呼んだ。
「…ど、どうもはじめまして……」
このタイミングで呼ばれても困る、と思いながら物陰から飛び出し、早織さんの隣に並んだ。
「! おまえっ…」
私を視界に入れて、男は瞠目したあとチッと舌打ちする。
お互いに自己紹介すると、男は皮肉げに口端を吊り上げる…なんか不愉快だな。
「ギルバートとハーヴェイには?」
「……」
「内緒、なんだな?」
「か、借りはあとで返すから!」
「んなもん要らねぇよ」
男は長い長い溜息を吐いたあと、こちらに背を向けた。
けれど歩きだす前にちらりと振り返り、
「おい、ガキ。ついてこい」
そう言う。
思わず自分に人差し指を向けながら、え、え、と早織さんと男と交互に見てると、ほっと安堵の息を吐いた彼女が「良かったねサオちゃん。安心して」と言う。
いやいや、半裸男のあとをついていくことのどこが安心できるというのだろう!? なかなか一歩を踏み出せないでいると苛立った声が前方でした。
「早くしろ」
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