いろんなお話たち
「水衣っていうの。これがあれば水の中でも陸上とおんなじように呼吸できるから」
「へ、へぇ~」
だからといってキスはちょっと恥ずかしいです。
心なしか照れちゃって女の子同士なのに早織さんの顔が見れない。
二人してもぞもぞして
「じゃ、じゃあ入ろっか…」
「早織。オレにはシてくれねぇのか?」
気まずくて私の方から声かけたら思わぬ邪魔が入った。
「えっ!」
チビ男の声に早織さんは顔中真っ赤になる。
「どうしてっ…ルフトさんは同じ神様だからいらないでしょ」
「神でもテリトリーがあるだろ。お前は風の力なしに空を飛べるか?」
その指摘は痛いものなのか、
俯いてしまった早織さん。
「…………………やだ」
でもやっぱり嫌なのか、小さく拒否する。
まぁそりゃそうだよな。
私としても見せられても困るし。
「風神様気持ち悪い上に変態ですか。最悪ですね」
「ギルバートならいいのか?」
しかし私の皮肉は丸無視である。
「やめて! あの方は今関係ない…! お、女の子はいいけど男の人は嫌なだけっ…」
そして面白いようにギルバートに反応する早織さん。
恋する女の子だね。
「はっ、気持ち悪ぃ。レズかよ」
っていうか私置いてきぼりですか。
そーですか。
はいはい。
「だっ、だって男の人は……」
ぶつぶつと尻すぼみになっていく声。
けど意を決したようにその顔を上げた。
「………………恥ずかしい……」
首まで真っ赤にして。
伏し目がちに唇を震わせる小織さんは。
たぶん美少女だからだろう。
なんていうかとても扇情的で。
同性でもごくりとしてしまった私はすぐ横を抜けた影に気付かなかった。
ふと見ればチビ風神……ルフトが。
早織さんの顎を掴んで顔を寄せていた。
「!? (なっ、チビの癖に…!)」
「っ…!」
彼女の背後に白翼が現れ(今度は綺麗な純白)、すぐに青い光がルフトを包む。
私の時もああだったんだろうか。
一刻も早く離れたかったんだろう。
小織さんは両手でルフトの体を押し退けて離れる。
「はいっ。水衣あげたからもういいよねっ?」
しかし彼は
「足りねえ」
ともらし、再びその手を掴んで引き寄せた。
「んっ…!」
瞠目する青い瞳。
私も目を丸くする。
「んん……っふ…」
彼女の抵抗はまるで意味をなさなかった。
強く翼がはばたいては白い羽毛が辺りに舞って。
時折聴こえる、ぴちゃっ、ちゅくっ、という水音が生々しく耳を塞ぐ。
やだ、なにこれ私まで恥ずかしい…!
変な気分になる…!
「っ…や……ンンッ」
しかし聴こえる音と声。
エロ風神め、よもやわざと…?
早織さんを助けよう。
そう思ってもそれらしい武器が見当たらず。
砂をかけようとしたがサラサラで掴めず。
水をかけようとしたが十分な量を掬えず。
結局堪え忍ぶ結果に終わった……。
私じゃなくて早織さんがね。
「はっ…はぁっ…最、低…っ」
力なくルフトの腕に支えられる涙目の早織さんは本当に悔しそうだ。
そんな彼女の耳元でルフトが何かを囁くと、また顔を赤一面にして「バカっ!!」と言う。
どうでもいいが、二人は結構仲良しなんだな。
あの老人の口振りからするに、彼女にとって彼はよき理解者なのだろう。
『誰も。地上人は私独りよ』
不意に寂しげな笑顔のイリヤが頭のなかに浮かんできて、きゅうっと胸が締め付けられた。
……なんで、今も昔も地上人は一人なんだろ……。
「!」
やにわに早織さんの体が光輝き、その姿が元に戻ってしまう。
「ち、力が…」
「元々少ない神力で無理するからだな」
「うぅ……わかったからもう放して! 車椅子に――」
「詫びのついでだ、少し分けてやるよ」
「! いらないから…!」
激しく頭を振る早織さん。
しかしなぜかその顔に薄く笑みを張り付けたルフトは彼女の服を胸元までずり下げて。
「んなっ…!」
ちらりと痣のようなものが浅い谷間の中心に見えた。
けれど奴の頭が胸元におりたことですぐに見えなくなる――こんな桃色展開は誰も期待してないんですが。
地上におりてからびっくり仰天なことがありすぎる。
「嫌…っ!」
ルフトの肩に手を添え苦し気に呻く早織さんにはっと我に返り。
こうなりゃ拳でやめさせるしかないと、腕を振り回しながら二人の元へ駆けようとすると。
早織さんの背中に目映い輪郭が現出し、彼女の姿が水神のものへと変化した。
「こんなにいっぱい……」
「詫びだって言っただろーが」
「……」
「しけた顔すんなら返して貰うぜ」
「!! あ、ありがとう!」
青ざめたり赤くなったりコロコロと忙しい早織さんは、大声を上げると今度こそルフトの体を押して距離を置き。
「ごめんなさい、サオちゃん、遅くなっちゃったね! 行こう!」
スタスタと歩いて私の腕をとるとそのまま海へ向かって歩き出す。
よくドラマとかで自殺のシーンでしか見ない歩み。
大丈夫かと思いながらも、だんだんと水量は増していき。
やがて首まできたときに、念のため深く息を吸い込もうとしたのだが。
「痛っ!?」
後頭部への衝撃に、そのまま前へ倒れる形で海に入ってしまった。
「ルフトさん!?」
「馬鹿にはこれぐらいが丁度いいだろ」
「駄目だよ! 未来の子孫なのに!」
「……お前とギルバートの?」
「もうっ! 違うよ!」
……ん、なんだろ。
今、強く辺りが震えたような……。
後頭部を擦りながら目を開けて。
「あれ…息が…喋れる」
「サオちゃん、もっと深く行こう」
早織さんに腕を取られて、砂から足を上げて泳いでいく。
すれ違う色とりどりの魚たち。
青い青い世界。
同じ惑星上なのだから、イリヤと見た世界と同じなのは当然のことで。
海から見える太陽も同じように遠くて眩しい。
見上げると不思議と泣きたくなってきて。
ふと横を見れば上を向く早織さんの顔もどこか悲しげだった。
「(…あ)」
いろいろ際どい水神の衣装のおかげか。
胸元広めの服だから痣のような何かが胸元に刻まれているのが見えて。
それは銀色に光っていて。
上半身にコートみたいな布を羽織ったルフトを見る。
気のせいか、翼の輝きが鈍い…?
「精さんに出会えて、この力を貰って。感謝してるの。地上人としての私は人としての動作さえ、憧れるしかなかったから。空を飛べたらなって人が翼を持つのを願うのと同じように私は、憧れてたの。でも、地上から雲の上で暮らすようになって、あんなに遠かった空と太陽を近くに感じるようになって、私は」
手でヒサシを作り、見上げながら語り始めた早織さんは、
「気付いたの。ここから見るのと雲の上から見るのと変わりない。やっぱり空は遠くて、太陽は眩しくて。キラキラしてて。立って歩けるそれだけで満足していたのに、憧れはちっとも止まらない。今も冷たい海の中にいるのに、体が熱いの。海の青と空の青。その青の先にある太陽にドキドキして……苦しい」
真っ直ぐ上へ手を伸ばしたあと、すとんと下ろし。
悲しげに微笑んだ。
「(あ…ギルバートのことかな?)」
「苦しいのがイヤならやめちまえばいいんじゃね? その姿なら代わりは幾らでも作れるだろ」
腰に手をあて嘆息混じりのルフトの言葉に、早織さんは何も返さず。
「そろそろ上がろうか。二人とも帰らないとね」
元いた浜辺で夕陽を見ながら早織さんは言った。
「力が少なくなるとこうして地上に戻るの。サオちゃんは大丈夫だと思うけど私の場合、ベースがこうだからね。元に戻ったら天上界に帰るからそしたら力になれると思うから、待っててね。それまではルフトさん、サオちゃんの力になってあげてね」
しかし即座に嫌そうな顔をしてルフトは断ると言い、早織さんを困らせて。
病院へ戻った彼女を見送ったあと、私達は地底界へ帰った。
早織さんの翼の鈍光が気になって病気の進行(悪化?)と関係があるのかとルフトに訊いたが、「オマエには関係ねぇ」とバッサリ切られてしまった。
でもその時苦い顔して答えていたから関係なくはないんだろう。
……そうして数日が経ち、ルフトは家を空けることが多くなって。
暇な私は、外へ出るなという言い付けを破り、地底界散策を始めた。
「へ、へぇ~」
だからといってキスはちょっと恥ずかしいです。
心なしか照れちゃって女の子同士なのに早織さんの顔が見れない。
二人してもぞもぞして
「じゃ、じゃあ入ろっか…」
「早織。オレにはシてくれねぇのか?」
気まずくて私の方から声かけたら思わぬ邪魔が入った。
「えっ!」
チビ男の声に早織さんは顔中真っ赤になる。
「どうしてっ…ルフトさんは同じ神様だからいらないでしょ」
「神でもテリトリーがあるだろ。お前は風の力なしに空を飛べるか?」
その指摘は痛いものなのか、
俯いてしまった早織さん。
「…………………やだ」
でもやっぱり嫌なのか、小さく拒否する。
まぁそりゃそうだよな。
私としても見せられても困るし。
「風神様気持ち悪い上に変態ですか。最悪ですね」
「ギルバートならいいのか?」
しかし私の皮肉は丸無視である。
「やめて! あの方は今関係ない…! お、女の子はいいけど男の人は嫌なだけっ…」
そして面白いようにギルバートに反応する早織さん。
恋する女の子だね。
「はっ、気持ち悪ぃ。レズかよ」
っていうか私置いてきぼりですか。
そーですか。
はいはい。
「だっ、だって男の人は……」
ぶつぶつと尻すぼみになっていく声。
けど意を決したようにその顔を上げた。
「………………恥ずかしい……」
首まで真っ赤にして。
伏し目がちに唇を震わせる小織さんは。
たぶん美少女だからだろう。
なんていうかとても扇情的で。
同性でもごくりとしてしまった私はすぐ横を抜けた影に気付かなかった。
ふと見ればチビ風神……ルフトが。
早織さんの顎を掴んで顔を寄せていた。
「!? (なっ、チビの癖に…!)」
「っ…!」
彼女の背後に白翼が現れ(今度は綺麗な純白)、すぐに青い光がルフトを包む。
私の時もああだったんだろうか。
一刻も早く離れたかったんだろう。
小織さんは両手でルフトの体を押し退けて離れる。
「はいっ。水衣あげたからもういいよねっ?」
しかし彼は
「足りねえ」
ともらし、再びその手を掴んで引き寄せた。
「んっ…!」
瞠目する青い瞳。
私も目を丸くする。
「んん……っふ…」
彼女の抵抗はまるで意味をなさなかった。
強く翼がはばたいては白い羽毛が辺りに舞って。
時折聴こえる、ぴちゃっ、ちゅくっ、という水音が生々しく耳を塞ぐ。
やだ、なにこれ私まで恥ずかしい…!
変な気分になる…!
「っ…や……ンンッ」
しかし聴こえる音と声。
エロ風神め、よもやわざと…?
早織さんを助けよう。
そう思ってもそれらしい武器が見当たらず。
砂をかけようとしたがサラサラで掴めず。
水をかけようとしたが十分な量を掬えず。
結局堪え忍ぶ結果に終わった……。
私じゃなくて早織さんがね。
「はっ…はぁっ…最、低…っ」
力なくルフトの腕に支えられる涙目の早織さんは本当に悔しそうだ。
そんな彼女の耳元でルフトが何かを囁くと、また顔を赤一面にして「バカっ!!」と言う。
どうでもいいが、二人は結構仲良しなんだな。
あの老人の口振りからするに、彼女にとって彼はよき理解者なのだろう。
『誰も。地上人は私独りよ』
不意に寂しげな笑顔のイリヤが頭のなかに浮かんできて、きゅうっと胸が締め付けられた。
……なんで、今も昔も地上人は一人なんだろ……。
「!」
やにわに早織さんの体が光輝き、その姿が元に戻ってしまう。
「ち、力が…」
「元々少ない神力で無理するからだな」
「うぅ……わかったからもう放して! 車椅子に――」
「詫びのついでだ、少し分けてやるよ」
「! いらないから…!」
激しく頭を振る早織さん。
しかしなぜかその顔に薄く笑みを張り付けたルフトは彼女の服を胸元までずり下げて。
「んなっ…!」
ちらりと痣のようなものが浅い谷間の中心に見えた。
けれど奴の頭が胸元におりたことですぐに見えなくなる――こんな桃色展開は誰も期待してないんですが。
地上におりてからびっくり仰天なことがありすぎる。
「嫌…っ!」
ルフトの肩に手を添え苦し気に呻く早織さんにはっと我に返り。
こうなりゃ拳でやめさせるしかないと、腕を振り回しながら二人の元へ駆けようとすると。
早織さんの背中に目映い輪郭が現出し、彼女の姿が水神のものへと変化した。
「こんなにいっぱい……」
「詫びだって言っただろーが」
「……」
「しけた顔すんなら返して貰うぜ」
「!! あ、ありがとう!」
青ざめたり赤くなったりコロコロと忙しい早織さんは、大声を上げると今度こそルフトの体を押して距離を置き。
「ごめんなさい、サオちゃん、遅くなっちゃったね! 行こう!」
スタスタと歩いて私の腕をとるとそのまま海へ向かって歩き出す。
よくドラマとかで自殺のシーンでしか見ない歩み。
大丈夫かと思いながらも、だんだんと水量は増していき。
やがて首まできたときに、念のため深く息を吸い込もうとしたのだが。
「痛っ!?」
後頭部への衝撃に、そのまま前へ倒れる形で海に入ってしまった。
「ルフトさん!?」
「馬鹿にはこれぐらいが丁度いいだろ」
「駄目だよ! 未来の子孫なのに!」
「……お前とギルバートの?」
「もうっ! 違うよ!」
……ん、なんだろ。
今、強く辺りが震えたような……。
後頭部を擦りながら目を開けて。
「あれ…息が…喋れる」
「サオちゃん、もっと深く行こう」
早織さんに腕を取られて、砂から足を上げて泳いでいく。
すれ違う色とりどりの魚たち。
青い青い世界。
同じ惑星上なのだから、イリヤと見た世界と同じなのは当然のことで。
海から見える太陽も同じように遠くて眩しい。
見上げると不思議と泣きたくなってきて。
ふと横を見れば上を向く早織さんの顔もどこか悲しげだった。
「(…あ)」
いろいろ際どい水神の衣装のおかげか。
胸元広めの服だから痣のような何かが胸元に刻まれているのが見えて。
それは銀色に光っていて。
上半身にコートみたいな布を羽織ったルフトを見る。
気のせいか、翼の輝きが鈍い…?
「精さんに出会えて、この力を貰って。感謝してるの。地上人としての私は人としての動作さえ、憧れるしかなかったから。空を飛べたらなって人が翼を持つのを願うのと同じように私は、憧れてたの。でも、地上から雲の上で暮らすようになって、あんなに遠かった空と太陽を近くに感じるようになって、私は」
手でヒサシを作り、見上げながら語り始めた早織さんは、
「気付いたの。ここから見るのと雲の上から見るのと変わりない。やっぱり空は遠くて、太陽は眩しくて。キラキラしてて。立って歩けるそれだけで満足していたのに、憧れはちっとも止まらない。今も冷たい海の中にいるのに、体が熱いの。海の青と空の青。その青の先にある太陽にドキドキして……苦しい」
真っ直ぐ上へ手を伸ばしたあと、すとんと下ろし。
悲しげに微笑んだ。
「(あ…ギルバートのことかな?)」
「苦しいのがイヤならやめちまえばいいんじゃね? その姿なら代わりは幾らでも作れるだろ」
腰に手をあて嘆息混じりのルフトの言葉に、早織さんは何も返さず。
「そろそろ上がろうか。二人とも帰らないとね」
元いた浜辺で夕陽を見ながら早織さんは言った。
「力が少なくなるとこうして地上に戻るの。サオちゃんは大丈夫だと思うけど私の場合、ベースがこうだからね。元に戻ったら天上界に帰るからそしたら力になれると思うから、待っててね。それまではルフトさん、サオちゃんの力になってあげてね」
しかし即座に嫌そうな顔をしてルフトは断ると言い、早織さんを困らせて。
病院へ戻った彼女を見送ったあと、私達は地底界へ帰った。
早織さんの翼の鈍光が気になって病気の進行(悪化?)と関係があるのかとルフトに訊いたが、「オマエには関係ねぇ」とバッサリ切られてしまった。
でもその時苦い顔して答えていたから関係なくはないんだろう。
……そうして数日が経ち、ルフトは家を空けることが多くなって。
暇な私は、外へ出るなという言い付けを破り、地底界散策を始めた。