いろんなお話たち






――――……
「と、まぁこんな所だ。路銀はもちろん与えよう、一通りの物は城下町でそろえていって構わない。息子を捜してくれないか?」
城内いっぱいに太い声が響き渡る。
金ぴかの椅子にゆったりと座る肥えた王様なんて、あまりにも小さい頃に読んだ絵本の挿絵みたいでいまひとつ威厳とか何も感じなかった。
ただ座って声を張り上げれば何十人という人が動くんだから、楽でいいなあという感覚である。
そして王様は期待に満ちた眼差しで私達を見るけれども、その他大勢の人の視線が痛かった。
とりあえず私一人では決められないことなので、隣の理知な友人の意見を聞こうと声を潜めて相談する。
「……だってさ。どうする? 嬉子」
「いや、無理でしょ」
某塾の講師のごとく、唇を丸めて目を見開いてそう言った嬉子。
本人にその気はないんだろうけど、私から見るとちょっと笑えてちょっと苦手な顔だ。
「即答か。さすが嬉子。やっぱり私達だけなんてさ、現実的に考えて無理だよね」
「でも断ってどうするの? 今の私達には何の情報もない訳だから、現実世界に戻るためにも、まず」
「わたしは反対です!」
まじめな顔で嬉子が私に諭していたところで、一人、異論を唱える声があった。
背の高い男だった。
まるで女の人のように長い髪の毛を靡かせながら、私達の横を通り過ぎ、王様の目の前で片膝をついた。
「お言葉ながら、このような娘共に務まるとは思いません。途中で本来の任務を放り投げ、気随気ままに生きるでしょう。女とはそういう生き物です。いつだって着飾ることか男のことしか考えてはいない」
「ふむ……。だがそれは男も同じではないか?」
「わたしにお任せ下さい。再三申し上げておりますがこの国の騎士として、わたしは自負しております。幼いころより王子に仕え、ともに時間を過ごした友として、必ずや王子を見つけて参ります。どうか出立の命を」
どこの国のどこの時代でもまじめな人はいるんだなぁ。
サラリーマンの鏡だ、と蹲る背中を見て思った。
悩ましげに豊かな鼻の下に伸びるひげを撫でる王様が、実に画になる。
というかさ、こんだけ必死になってくれる人がいるのに、どうして王様は
「わかった。ならばカミール、お前も共に行け。そこの少女達を守ってやれ」

「いやぁ~たまげたね、王様には! あのロンゲ男の顔見た!? すごい不満そうだったよ! しかもすごいこっち睨んでくるし! やだよー嬉子。あんな人と一緒に旅だなんて、ぜーったい、ヤダやだー」
「シッ! 花梨、声大きいよ」
やーだーと衛兵に案内される中ぶうたれてたら、前を歩く嬉子が指を唇にあてた。
それでも唇を尖らせる私に、嬉子は眉尻を下げると、「まぁ怖そうな人だったね」と囁いてくる。
二人して顔見合せて「ねー」と笑っていると、
「……少女らよ、お喋りはそこまでにしなさい。着いたぞ」
私達の前を歩いていた衛兵が一つの扉の前でぴたりと歩みをとめた。
「?」
「なんだろ……ここ」
衛兵がばんっと扉をたたく勢いで、手を置く。
「異世界の少女をいきなり外へ放り出すほど我々も鬼ではない。この国は剣と魔法の世界だ。どちらがお前達に適しているのか、まずはこの部屋で調べる。そのうえで街に行き、装備を整えるといいだろう」
「へえ! 魔法か~いかにもファンタジーって感じで素敵ー」
「………」
嬉しそうにはしゃぐ私とは反対に、嬉子は何か考えごとでもしているのか難しそうな顔をしていた。
扉が開かれ、私はすぐに中へ入る。
後ろで嬉子の「あっ…」という声がしたけど、私は。
ただ何もない空間。
闇の世界にびっくりしていて。
「………」
「……入るのは、私達だけですか?」
「ああ。我々が入る必要はない。中で手を翳し、剣を持つ資格があるならひとりでに剣が手の内へ納まる。そうでなければ水晶に触れてみろ。異世界の者とはいえ、どちらかに反応は示すはずだ」
ドアのところでそんな会話を交わしたあと、嬉子も部屋の中へ。
すると扉が音もなく閉じられ。
どこかに照明検知器でもついていたのか、自然と部屋の中が明るくなった。
「!」
絶句した。
そこはまるで大きな倉庫。
ありとあらゆる物が乱雑に積まれ置かれていた。
「な、なにこれ……汚い……。魔法が使えるなら掃除ぐらいすればいいのに……」
私が呟く隣で嬉子は両手で口を覆い小さく堰をしていた。
確かにちょっと埃っぽいかもしれない。
部屋の中央に、上質な分厚いクッションの上に置かれたガラス玉を見つけた。
あれの周りだけは何も置かれていないってことは、さっき聴こえた水晶って物なのかもしれない。
「それで、どうするんだっけ?」
「えっとね、まずは手をこうやって……て、聴こえてたんじゃないの? もう」
「ふふっ 聴こえてた聴こえてた」
笑って嬉子と同じように手を広げそのまま上へ。
空気を押し上げるように腕を動かしたりしたけど、何の反応もなかった。
ずっと上にあげてるのもきついので腕をおろす。
2、3回やったけど駄目。
飽きっぽい私はすぐに水晶のもとへと駆けた。
その間も嬉子は「手の向きが違うのかな?」とか一人ぶつぶつ言いながら虚空に伸ばした手の甲を上にしたり反対にしたりしていた。
「やっぱりファンタジーの世界だもん。地味な剣よりド派手な魔法だよねっ!」
嬉々としながら、でもおそるおそる指を近づける。
内心は反応しなかったらどうしよう、と冷静な思いが心の中にあった。
でもさっきの衛兵の口ぶりからするに、他にもこのテストをした人はいたに違いない。
それに児童書で読んだけど、本人の気持ちを汲み取って動く魔法の世界があったから、ここもそんなもんなんだ。
私も嬉子も、無意識の下で魔法使いになりたいと思っているんだ。
「 ん、あれ? 」
人差し指でちょん、と触れる。
氷ほどではないけど、ひんやりとしたそれは。
手のひら全体で触れてもなんの反応もしないで。
占い師がよく「視える! あなたの未来が視える…!」とか嘯くガラス玉みたいに透き通ってる。
あれ? おかしいなー?
「……。どうしよう嬉子、なんの反応もしない」
「え、ほんとに?」
「こんな塵溜めみたいな場所にいたから、腐っちゃったんじゃないの?」
どうしようね。
王様になんて言う?
私達二人とも何の反応もしませんでした、なんて言ったらあのまじめ騎士がどう思うか。
怖いね。
だけど大丈夫だよ、嬉子も一緒なら。
二人一緒なら。
笑顔の私とは正反対。
「それは困ったね……」
半ば深刻そうな顔で傍へ来た嬉子。
おそるおそる手を伸ばすものだから、
「大丈夫、触っても爆発とかしない、ただのガラス玉だよ!」
言って、その手を掴んで思い切り触れさせる。
「!」
丸っこくて可愛い、嬉子の指先が触れた瞬間。
ガラス玉の中心が青く光り、その光が柱となって天井へとまっすぐのびて。
風が巻き起こり髪をさらう。
私は手を離したけど、嬉子は掌で包み込むようにガラス玉に触れたまま。
「不思議……あったかい」
さっきまで不安そうだった顔が、今は。
「すごい! ねえ、花梨! すごいよ、これ!」
文字通り嬉々とした顔で、嬉子は私を振り返る。
衝撃波が辺りには起こってる。
私はそれに立ち上がれない。
顔の前に腕をかざすだけで精いっぱい。
だけど嬉子はその中心で、笑顔だ。
「…………ぁ」
あれ。
さっきまでは近かったはずの、嬉子が。
どうしてか今はものすごく、遠い。
そう思った瞬間、心が――――こころが、
          な に?          
「え、何それ魔法!? すごいねぇ! さ・す・が嬉子! やったじゃん!!」
興奮している嬉子以上に、立ち上がって彼女の周りをくるくる回る。
餌をねだってご主人様の周りを馬鹿みたいに回る犬みたいに。
無視した。
役立たずは。
お荷物は。
才能ゼロは、私だけ。
今この瞬間、その現実を突き付けられて、きっとこれから先ずっと。
あのロン毛にもネチネチ嫌みを言われるだろうことは。
そんなことは、考えても仕方ないから。
「すごいすごい! おめでとう、嬉子!! やったぁ! 魔法少女の誕生だぁ~」
痛む感情は、砂嵐の如くフラッシュさせた。

嬉子が発動させた魔法はかなりの威力だったらしく、城内はお祭り騒ぎとなった。
同時に私のことも発覚して。
王様は親切にもわざわざどこからか倉庫にあったのより一回り大きな水晶球を持ってきて触らせてくれた。
でも、やっぱりというか、なんの反応も表れなかった。
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