いろんなお話たち







「……」
告白しなければ、おそらく何らかの形で彼に納得させられて、明日の朝には「さようなら」。
そんなことわかっていた。
そんなこと避けたかった。
だから何か言えないかと言葉を探したが――この時に限って、主人の気持ちを変えられるような、うまい言葉は思い浮かばない。
それ以前に自分はそこまで頭が良くない。
考え込む中、自分ひとりだけ回想にふけってもいいが、そんなことをしているなら、話題を変えるのが一番だろう。
「アイリス」
そのうちに、名前を呼ばれた。
顔を上げる。
上げてから、そうだ主人の故郷について訊こうか、そう思ったが、
「待ち人がいるお前は、幸せだな」
いつも以上に優しい眼差しで見つめてくる彼に、アイリスのそんな考えはぶつりと消え失せた。
故郷の思い出話から思わぬ方向に話が流れて(何もかも話した自分のせいだが)、ぐちゃぐちゃに絡んでいた脳内の思考回路が、しゅるしゅると解かれてゆく。
すっきりとした胸中で、
「……はい」
この人とは別れるしかないのだろう、そう思った。
出会いは避けられない運命、ゆえに…別れも抗えぬ定めなのだ。
どんなに嫌がったって、どんなに違う道を歩いたって、愛する人とは出逢ってしまうし…別れてしまう。
「わたしがこの城へ帰るようになったのも、お前という待ち人がいたからだ。お前の笑顔に勇気づけられ、戦地へと赴くことができた。城へ帰り、お前の姿を見ることで……戦いに疲れた私の心は癒された。感謝している」
きっとどんな言い方をされても、自分は泣いてしまうのだろう。
だからこそ…その言葉は聞くのが辛かった。
首を振り、深々と頭を下げる。
「いえ……私も、あなた様のような方にお仕えでき、」
唇を噛みながら言いきろうと思った。
しかし、目で見詰め合いながら礼を述べてくれた主人に悪い。
「……しあわせでした」
顔をあげて、主人の目を見てそう云った。
歪みそうになった唇で、なんとか弧を描く。
涙の別れなど嫌だ。
主人は笑ってくれてるのだから、自分も……。
「明日の朝、城門前に遣いを出しておく」
「あっ、あのそのことで―――一つお願いが」
待ち人がいるから、自分はそこへ帰る。
だとすると、今まで待ち人だった自分がいなくなるということは、主人にとってはどのような?
考えようとしてアイリスは止めた。
場所が変わっても、あなたの待ち人であり続けたいです……つまり、また会えるチャンスを下さい、と。
そう言おうとしたが、やめた。
最後のところでは自分のほうを見て柔らかく微笑んだのでわからなかったが、月を見詰めながら、言葉を並べた主人の横顔……見間違いかもしれない。
そうであってほしいと思ったから、そう見えたのかもしれない…けど。
「村には……宜しければ一緒に参りたいです」
さみしそうな顔をしていた。
もしかしたら、まだもう少し、一緒にいられるのかも。
そう思いアイリスは駄目元で言ってみた。
他の方よりも、主人に村まで送り届けてほしい―――。
「………」
一瞬。
目を逸らした後で、すぐに主人は目元を和らげ「わかった」と言った。
ここと村と、どれぐらい距離があるかわからないがおそらく一日で着く距離。
明日の今頃は、多分……もう。
それを考えると悲しくなるが一先ず明日は主人と一緒に行動ができる。
そう思うと嬉しくなり、自然と笑顔で「ありがとうございます」と返したが、ふ…と。
「ではそろそろ…」
「ぁっ、ご、ご主人様……」
部屋に戻れと言おうとしたのだろう、主人の言葉を遮った。
欲深い男は、雑用が主として雇った小間使いにそのまま夜も居座らせて伽の相手までさせるらしい。
無論、主人はそんなことをしない人間なのでアイリスは今まで使用人を続けてこれた訳だが主人の部屋を出て、別途として与えられた自分の部屋まで行くにはフロア自体が違うので、その度に広い回廊を歩かねばならなかった。
大変は大変だが、それが面倒だから言うのではない。
「?」
「今日、は…夜を…共に過ごしたい……です…」
こんなこと今まで頼んだことは一度もない。
だからどう言えばいいかわからずに、ただ赤い顔で。
もじもじと言葉を話すアリスの目には、もう涙など浮かんでいなかった。







……
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