いろんなお話たち
★
「え、えーとそれ…で? ナンダッケ……」
つじ先生から連絡ありました。
明日はいつもより30分前のとうこ
「……」
そこで止まる鉛筆。
小さなメモに力強く書いたせいか、途中で芯が折れた……。
ぶ、部長?
いえ…パートリーダーさん? …センパイ?
連絡網渡したその日に早速『連絡』が回るって何ですかソレ!
30分前というと、普段は6時半に登校して、7時から朝練をやる訳ですが、ろ…6時に登校?
いくらなんでも若いからって、そんな早くから……。
そもそも先生こそ大丈夫なのか…あ、いや、ご老人だから大丈夫か。
「……」
ふ、と時計を見る。
もうすぐ20時になる。
連絡網はどうやら19時に始まったらしい。
私のところにきたのは、19時2
「(……やばいなぁ)」
ずっと止めてたわ、私。
先輩か友達かわからない、受話器越しに聴いた「次の子に宜しくね」という言葉が、ぐるぐると脳内を回る。
ど、どうしよう…。
いや、どうしようと言う以前にやるしかない!
……のだと自分に言い聞かせるが……、くしゃり、と音がするほど強くメモを握りしめるが……。
「………」
も、もしかしたら気を利かせて、私の前の子が、私の次の子に…。
「……(そんな都合のいい話)ある訳ないよなぁ」
溜息と共に吐き出した言葉は、ひどく小さく惨めなもので。
……情けない……。
も一度嘆息して、準備してある子機に手を伸ばす。
取るまでは簡単。
いたって簡単な作業。
しかし、背中を向けている子機をくるっと、前のボタンがある方をこちらに向けた途端。
――――――ドクン、と体の中心の奥深くで何かが跳ねる。
し、心拍数がどんどん速まっていき……頬骨のあたりが熱くなる。
しかし私はそれに負けじと、睨み合いながら机の上の連絡網と子機を交互に見ながら、ボタンを押していく。
ピ、ピ、ピ……と、音が増えていくごとに息が上がっていく。
「……」
落ち着け、落ち着け私…!
強く言い聞かせて、耳におしあてる。
数回…の呼び出し音のあと、
『もしもし、佐々木です』
「!!」
え!!
何、この低い声!! 男!? 男!?
…え、ちょ、待っ。
ま、まさかそ、そんな、こ、この紙には。
佐々木明子
……ばっちり女名じゃないですか。
「……」
でも、そうだよナ…家電なんだから家族が出るにきまってる……。
必ず本人に出てほしいなら、ケータイがいい訳だけど、中学で持ってる子なんて(3年のお姉さま方でもごく一部)、
『…もしもし?』
うーん…。
ものすごく気が重いな。
『もしもし?』
ま、でも、仕方な
『? イタズラか?』
「! ままま、待って下さァっ、い!!」
不測の事態が多い電話口では、私はその度にいつも黙り込んでしまう。
ゆえに無言、イタズラと思われプチリと電話を切られてしまうわけだけども。
今回も勘違いされる手前、急いで子機を握りしめ叫んだ。
吃りプラス、噛みプラス、異常なトーン……変人だと思われるんだろうけど、そこはもう諦めるとして。
『…あ、ハイ。なんですか?』
返答までの数秒がものすごく怖くて、ちょっと含み笑いを感じさせる声でも、返ってきた時はホッとした。
「っ、の……、ゎ、わわわわ私こしまです…。あ、あきこさっ、ん、は、いいいいらっ、ま、すか!?」
×いらっしゃいますか
○いますか
…に直そうとしたの、最後の所。
あと、自分の苗字に濁音符をつけるのも忘れてしまったけれどこれも緊張しているからであって……。
正しくは以下の通り。
あの、私小島です。
明子さんはいますか?
夜分遅くにすみませんとか、そんなのは一先ず省き。
見栄張って大人の言葉使い真似しても自爆するし今はただ、用件を言うだけで精一杯なのだ、私は。
『明子? あー、はい。少しお待ち下さいね』
言葉のあと男の声が保留音へと切り替わる。
「……はあ」
そこでやっと、私の心も一息落ち着ける。
胸に手をあてて何回か深呼吸して。
よし、もう少し…! ここまでは順調よ…!
自身を励ます。
こうでもしなくちゃ電話なんてやってられない。
「(出るといいなー明子ちゃん)」
まだ時間がかかっていたので頭の中にて、佐々木明子の像を描く。
小さくて丸っこい体型で、でも笑った顔がとても可愛い、クラリネット奏者の同じく一年。
見た目もそうだけど、ポヤンとした感じの子だから、きっと私の電話がおかしくても嘲笑ったりなんてしないはず。
それどころか、あの穏やかな笑顔を浮かべながら、
「うん、うん」
と相槌をうってくれるはずだ…!
『スミマセンが』
「あ、はい」
優しそうな人が、私の次で良かったぁ〜という幸せモードが私の心を満たしていた。
ゆえに、答えた時もその名残があって、うっかりさらりと……。
(「はい」と答える場合でも、電話越しだと「はははははい」になる)
「…!?(え!? さっきの男声!?)」
なぜ!?
『明子、今風呂入ってまして…良ければ用件の方、伝えておきますが』
「…………(ふ、)」
ふろ………。
え? 何それ。
早すぎません?
まだ、20時になっていないのに…え? なった?
心中で何人かの自分が会話を繰り広げる中、おそるおそる壁の時計を見…驚愕。
そんなっ早すぎ…いやいやそれよりも、「………」
『…もしもし?』
「……(なんだこの展開…)」
予想もしていなかった。
夜の19時以降といったら、普通はリラックス〜してテレビを観る時間…じゃないの?
それか楽器練習とか。
つまりは家の中にいる訳だから、最初の一回は違う人が出るにしても、次は本人に代わってもらえるはず…なのに。
出かけたりなんてしないぶん、お手洗いとかは抜きにしても。
私はその点で、夜の電話では落ち着ける要素があった。
たった一つだけれど。
しかし……ふ、風呂?
女のコの風呂は長いのが常識……あ、あ、嗚呼ぁ……。
掌の上。
くしゃくしゃのメモを見る私は顔面蒼白。
………な、なぁに、たった2行の言葉よ。
用件はすぐに済む用件。
簡単じゃ……な、ぃんだなこれが。
「そ……、そーれすか……」
ああ、でも…この男に言わなきゃいけないのか。
なんかヤだなぁ…。
「………」
ぐるぐると私の脳内をいろんなものが駆け巡る。
「………」
そ、そういえばどこの小島か名乗ってなかったな……。
と、いうことはメモの用件にいく前に一言。
「(吹奏楽)部活のことなんですけど」と言わなければいけない?
そうだよね。
そもそも、やっぱり名乗っててもなんの用で電話したのかわからないから、そこら辺は伝えなきゃいけないんですよね。
………か、噛みそう………。
いや、最初から噛み噛みだけど。
『……もしもし?』
「!」
一回の返事に、こんなに長い私に呆れて電話を切ってもいいはずだけど、…みたび聴こえた声の持ち主に感謝。
誰だか知らないけど明子ちゃん同様、優しい人なんだなぁ…。
というか、そろそろ電話料金のことも気にしなければ、
「……す、」
口内が渇く。
唇がぶるぶると震えた。
親機でないからどれぐらい話してるか、時間がわからないのが……子機の怖いところだね。
『……?』
「吹そーが…っく、の、れれ、連絡でふっ」
ああ、いや。
もーいや。
今現在、私の心の中には2人の私がいる。
1人は緊張でどぎまぎしてるんだけど、もう1人は、いやに冷静で、自分で自分の言葉遣いに「あんた何言ってんの?」と厳しい台詞を語りかけてくる。
そうするとなぜかしら、泣きたくなってきて。
なんで自分はこんなっ…自覚したら更に顔が熱くなる。
目を思いきり強くつぶった。
『…………、あー、部活の。はいはい、続きどうぞ?』
ししし、しかも今この男[ひと]、笑った!
声音は第一声同様、優しいままだけど。
無言の部分に受話器の向こうで、ふっと息を吐くようなそんな音がした。
ぷぷって笑うのと近いはず。
噴き出す一歩手前というか、うまく誤魔化して空気だけの音がしたのか……。
む、無言でいてくれていいのにっ。
私の気も知らないで「続きどうぞ」、…そんな軽く…。
「………は、ぃ」
けど、私はそう返事してしまった。
…なんだかんだで、先を促されると、緊張は増す…んだけど、でも聞いてくれるってことだから、この人は……。
それは、素直に嬉しいこと。
「つ、ぢ……つじせんせっ、から、でです。」
相手が聞く姿勢でいてくれるなら。
「ぁぁぁ…明日ぅ、はっ、30…分はやい、」
時間その他気にせず、最後まで言いきろう。
相手が嫌になったら、飽きたら、すぐに切るだろうから。
ぶちりと回線が切れたら、それでいいから。
だから。
「ろっ…く、時……、6時にっ、とーこー、ですですっっ」
ちゃんと、用件を伝えよう。
場を踏めば大丈夫。
こんな、電話が苦手だなんて、社会人にでもなれば言ってられなくなる。
大人になれば、ちゃんと出来るんだから……。
子供のうちは好き嫌いがあっても大人になるとそれが直るのと一緒。
だから、…頑張らないと、ね。
「…………」
心の中に、2人の自分。
どちらかは自分を好きで、どちらかは自分を嫌いで。
きらい…不の感情に負けたくないから、頑張って自分を励まして。
励まして、頑張れ、頑張れって言い続けて……。
『…〝吹奏楽部顧問の辻先生から、明日は6時に登校するように言われたと〟……、いうことですね?』
「…は‥い、はい!」
やがてそれは、自信に変わる。
『わかった、明子に伝えとくよ』
「あっ…、ぁありがとと、ございま」
『じゃ、おやすみ。』
まだ、お礼の途中だった。
「おやすみなさい」と返すよりも前に、向こう側からガチャリと切れた。
「………」
や、やっぱり長過ぎたからイヤだったんだろうか……。
いろいろ考えたけれど、でも。
相手が自分の電話にどう思うか。
そんな不安は、今はとりあえず吹き飛んでいた。
……電話、切れる直前に聴こえた。
囁くように。
『お疲れ』
「………」
もしかしたら、聞き間違いかもしれないけど。
自分に都合のいい、幻聴かもしれないけど。
どんな意味を含むのか、励ましや優しさじゃなくて、嘲笑の意味で、そう言ったのかもしれないけど。
でも、……救われた。
少なくとも今だけでも、電話が大丈夫になったような気がした。
それは多分この場限りで、次電話するときはまた絶対、受話器を握りしめる私は、ド緊張状態に違いないけど。
また顔面蒼白で、冷や汗ダラダラ流してるだろうけど。
名前、知らないけど…明子ちゃん家の誰かさん、
ありがとう。
たった4文字のその言葉に、私……すごくすごく、救われたよ。
緊張の意味で泣きそうだったのが嬉しくて、…違う意味で、涙が流れたよ。
「っ…」
電話が成功したぐらいで…ううん、成功も何もない。
なのにいきなり感情的になって、そこで泣くなんて。
弱い人間、かもしれない。
事実、冷静なもう1人の私はそう思っているだろう。
でも……だって、感動したんだもん。
初めてそう言われたから、泣きたく…なったんだもん……。
「え、えーとそれ…で? ナンダッケ……」
つじ先生から連絡ありました。
明日はいつもより30分前のとうこ
「……」
そこで止まる鉛筆。
小さなメモに力強く書いたせいか、途中で芯が折れた……。
ぶ、部長?
いえ…パートリーダーさん? …センパイ?
連絡網渡したその日に早速『連絡』が回るって何ですかソレ!
30分前というと、普段は6時半に登校して、7時から朝練をやる訳ですが、ろ…6時に登校?
いくらなんでも若いからって、そんな早くから……。
そもそも先生こそ大丈夫なのか…あ、いや、ご老人だから大丈夫か。
「……」
ふ、と時計を見る。
もうすぐ20時になる。
連絡網はどうやら19時に始まったらしい。
私のところにきたのは、19時2
「(……やばいなぁ)」
ずっと止めてたわ、私。
先輩か友達かわからない、受話器越しに聴いた「次の子に宜しくね」という言葉が、ぐるぐると脳内を回る。
ど、どうしよう…。
いや、どうしようと言う以前にやるしかない!
……のだと自分に言い聞かせるが……、くしゃり、と音がするほど強くメモを握りしめるが……。
「………」
も、もしかしたら気を利かせて、私の前の子が、私の次の子に…。
「……(そんな都合のいい話)ある訳ないよなぁ」
溜息と共に吐き出した言葉は、ひどく小さく惨めなもので。
……情けない……。
も一度嘆息して、準備してある子機に手を伸ばす。
取るまでは簡単。
いたって簡単な作業。
しかし、背中を向けている子機をくるっと、前のボタンがある方をこちらに向けた途端。
――――――ドクン、と体の中心の奥深くで何かが跳ねる。
し、心拍数がどんどん速まっていき……頬骨のあたりが熱くなる。
しかし私はそれに負けじと、睨み合いながら机の上の連絡網と子機を交互に見ながら、ボタンを押していく。
ピ、ピ、ピ……と、音が増えていくごとに息が上がっていく。
「……」
落ち着け、落ち着け私…!
強く言い聞かせて、耳におしあてる。
数回…の呼び出し音のあと、
『もしもし、佐々木です』
「!!」
え!!
何、この低い声!! 男!? 男!?
…え、ちょ、待っ。
ま、まさかそ、そんな、こ、この紙には。
佐々木明子
……ばっちり女名じゃないですか。
「……」
でも、そうだよナ…家電なんだから家族が出るにきまってる……。
必ず本人に出てほしいなら、ケータイがいい訳だけど、中学で持ってる子なんて(3年のお姉さま方でもごく一部)、
『…もしもし?』
うーん…。
ものすごく気が重いな。
『もしもし?』
ま、でも、仕方な
『? イタズラか?』
「! ままま、待って下さァっ、い!!」
不測の事態が多い電話口では、私はその度にいつも黙り込んでしまう。
ゆえに無言、イタズラと思われプチリと電話を切られてしまうわけだけども。
今回も勘違いされる手前、急いで子機を握りしめ叫んだ。
吃りプラス、噛みプラス、異常なトーン……変人だと思われるんだろうけど、そこはもう諦めるとして。
『…あ、ハイ。なんですか?』
返答までの数秒がものすごく怖くて、ちょっと含み笑いを感じさせる声でも、返ってきた時はホッとした。
「っ、の……、ゎ、わわわわ私こしまです…。あ、あきこさっ、ん、は、いいいいらっ、ま、すか!?」
×いらっしゃいますか
○いますか
…に直そうとしたの、最後の所。
あと、自分の苗字に濁音符をつけるのも忘れてしまったけれどこれも緊張しているからであって……。
正しくは以下の通り。
あの、私小島です。
明子さんはいますか?
夜分遅くにすみませんとか、そんなのは一先ず省き。
見栄張って大人の言葉使い真似しても自爆するし今はただ、用件を言うだけで精一杯なのだ、私は。
『明子? あー、はい。少しお待ち下さいね』
言葉のあと男の声が保留音へと切り替わる。
「……はあ」
そこでやっと、私の心も一息落ち着ける。
胸に手をあてて何回か深呼吸して。
よし、もう少し…! ここまでは順調よ…!
自身を励ます。
こうでもしなくちゃ電話なんてやってられない。
「(出るといいなー明子ちゃん)」
まだ時間がかかっていたので頭の中にて、佐々木明子の像を描く。
小さくて丸っこい体型で、でも笑った顔がとても可愛い、クラリネット奏者の同じく一年。
見た目もそうだけど、ポヤンとした感じの子だから、きっと私の電話がおかしくても嘲笑ったりなんてしないはず。
それどころか、あの穏やかな笑顔を浮かべながら、
「うん、うん」
と相槌をうってくれるはずだ…!
『スミマセンが』
「あ、はい」
優しそうな人が、私の次で良かったぁ〜という幸せモードが私の心を満たしていた。
ゆえに、答えた時もその名残があって、うっかりさらりと……。
(「はい」と答える場合でも、電話越しだと「はははははい」になる)
「…!?(え!? さっきの男声!?)」
なぜ!?
『明子、今風呂入ってまして…良ければ用件の方、伝えておきますが』
「…………(ふ、)」
ふろ………。
え? 何それ。
早すぎません?
まだ、20時になっていないのに…え? なった?
心中で何人かの自分が会話を繰り広げる中、おそるおそる壁の時計を見…驚愕。
そんなっ早すぎ…いやいやそれよりも、「………」
『…もしもし?』
「……(なんだこの展開…)」
予想もしていなかった。
夜の19時以降といったら、普通はリラックス〜してテレビを観る時間…じゃないの?
それか楽器練習とか。
つまりは家の中にいる訳だから、最初の一回は違う人が出るにしても、次は本人に代わってもらえるはず…なのに。
出かけたりなんてしないぶん、お手洗いとかは抜きにしても。
私はその点で、夜の電話では落ち着ける要素があった。
たった一つだけれど。
しかし……ふ、風呂?
女のコの風呂は長いのが常識……あ、あ、嗚呼ぁ……。
掌の上。
くしゃくしゃのメモを見る私は顔面蒼白。
………な、なぁに、たった2行の言葉よ。
用件はすぐに済む用件。
簡単じゃ……な、ぃんだなこれが。
「そ……、そーれすか……」
ああ、でも…この男に言わなきゃいけないのか。
なんかヤだなぁ…。
「………」
ぐるぐると私の脳内をいろんなものが駆け巡る。
「………」
そ、そういえばどこの小島か名乗ってなかったな……。
と、いうことはメモの用件にいく前に一言。
「(吹奏楽)部活のことなんですけど」と言わなければいけない?
そうだよね。
そもそも、やっぱり名乗っててもなんの用で電話したのかわからないから、そこら辺は伝えなきゃいけないんですよね。
………か、噛みそう………。
いや、最初から噛み噛みだけど。
『……もしもし?』
「!」
一回の返事に、こんなに長い私に呆れて電話を切ってもいいはずだけど、…みたび聴こえた声の持ち主に感謝。
誰だか知らないけど明子ちゃん同様、優しい人なんだなぁ…。
というか、そろそろ電話料金のことも気にしなければ、
「……す、」
口内が渇く。
唇がぶるぶると震えた。
親機でないからどれぐらい話してるか、時間がわからないのが……子機の怖いところだね。
『……?』
「吹そーが…っく、の、れれ、連絡でふっ」
ああ、いや。
もーいや。
今現在、私の心の中には2人の私がいる。
1人は緊張でどぎまぎしてるんだけど、もう1人は、いやに冷静で、自分で自分の言葉遣いに「あんた何言ってんの?」と厳しい台詞を語りかけてくる。
そうするとなぜかしら、泣きたくなってきて。
なんで自分はこんなっ…自覚したら更に顔が熱くなる。
目を思いきり強くつぶった。
『…………、あー、部活の。はいはい、続きどうぞ?』
ししし、しかも今この男[ひと]、笑った!
声音は第一声同様、優しいままだけど。
無言の部分に受話器の向こうで、ふっと息を吐くようなそんな音がした。
ぷぷって笑うのと近いはず。
噴き出す一歩手前というか、うまく誤魔化して空気だけの音がしたのか……。
む、無言でいてくれていいのにっ。
私の気も知らないで「続きどうぞ」、…そんな軽く…。
「………は、ぃ」
けど、私はそう返事してしまった。
…なんだかんだで、先を促されると、緊張は増す…んだけど、でも聞いてくれるってことだから、この人は……。
それは、素直に嬉しいこと。
「つ、ぢ……つじせんせっ、から、でです。」
相手が聞く姿勢でいてくれるなら。
「ぁぁぁ…明日ぅ、はっ、30…分はやい、」
時間その他気にせず、最後まで言いきろう。
相手が嫌になったら、飽きたら、すぐに切るだろうから。
ぶちりと回線が切れたら、それでいいから。
だから。
「ろっ…く、時……、6時にっ、とーこー、ですですっっ」
ちゃんと、用件を伝えよう。
場を踏めば大丈夫。
こんな、電話が苦手だなんて、社会人にでもなれば言ってられなくなる。
大人になれば、ちゃんと出来るんだから……。
子供のうちは好き嫌いがあっても大人になるとそれが直るのと一緒。
だから、…頑張らないと、ね。
「…………」
心の中に、2人の自分。
どちらかは自分を好きで、どちらかは自分を嫌いで。
きらい…不の感情に負けたくないから、頑張って自分を励まして。
励まして、頑張れ、頑張れって言い続けて……。
『…〝吹奏楽部顧問の辻先生から、明日は6時に登校するように言われたと〟……、いうことですね?』
「…は‥い、はい!」
やがてそれは、自信に変わる。
『わかった、明子に伝えとくよ』
「あっ…、ぁありがとと、ございま」
『じゃ、おやすみ。』
まだ、お礼の途中だった。
「おやすみなさい」と返すよりも前に、向こう側からガチャリと切れた。
「………」
や、やっぱり長過ぎたからイヤだったんだろうか……。
いろいろ考えたけれど、でも。
相手が自分の電話にどう思うか。
そんな不安は、今はとりあえず吹き飛んでいた。
……電話、切れる直前に聴こえた。
囁くように。
『お疲れ』
「………」
もしかしたら、聞き間違いかもしれないけど。
自分に都合のいい、幻聴かもしれないけど。
どんな意味を含むのか、励ましや優しさじゃなくて、嘲笑の意味で、そう言ったのかもしれないけど。
でも、……救われた。
少なくとも今だけでも、電話が大丈夫になったような気がした。
それは多分この場限りで、次電話するときはまた絶対、受話器を握りしめる私は、ド緊張状態に違いないけど。
また顔面蒼白で、冷や汗ダラダラ流してるだろうけど。
名前、知らないけど…明子ちゃん家の誰かさん、
ありがとう。
たった4文字のその言葉に、私……すごくすごく、救われたよ。
緊張の意味で泣きそうだったのが嬉しくて、…違う意味で、涙が流れたよ。
「っ…」
電話が成功したぐらいで…ううん、成功も何もない。
なのにいきなり感情的になって、そこで泣くなんて。
弱い人間、かもしれない。
事実、冷静なもう1人の私はそう思っているだろう。
でも……だって、感動したんだもん。
初めてそう言われたから、泣きたく…なったんだもん……。