いろんなお話たち
◆
それから気付かない間に私は寝ていたみたいで。
なんか怒鳴り声みたいなのが聞こえて眼を開けた時にはあの男となんか内緒話をしていて私を引き取った…馬車の主がいた。
主の視線は鋭い。
その瞳に圧されて起き上がり私はやっと周囲に誰も人がいないことを確認した。
少し先の所で陰からこちらを見ていた宇摩さんがごめんねと両手を合わせて。
ああ…そっか、目的地の場所に着いてみんな寝ている人など叩き起こされた訳だけど私は図太く中々起きないで、それでこの人は怒っているという訳だ。
「…あ、おはようございます…」
アハハと笑い、頭を掻きながら。
自分でも苛々とする、わざとらしい態度を取りながら。
ギロリと向けられた視線に再び身を竦めて、そのまま逃げるように外に出た。
「小荒ちゃん、ごめんね」
出た途端横にいた宇摩さんがそう言って。
その隣には勿論茶木ちゃん。
「いえ…私はだ」
大丈夫と言いかけたところで「何してるんだ」との声が私の背後で掛かり。
宇摩さんは慌てて男に向かい頭を下げ他の皆が集まっている所に走った。
私もその後を追うように皆のところに向かったけど。
それからはよく覚えてない。
ただ私と同じように首に鎖が繋がれた、前の宇摩さんと話しながら、周りの景色を見ながらその市場に来たことは覚えてる。
(最後尾だったのが良かった。話してる所見られたら怒られるだろうから)
「(へぇ…ここがその場所…かぁ)」
日本じゃないみたいだった。
近代的な街並み。
露店が広がって、色々なざわめきがあって。
なんか遠くの霧が掛かっている方には洋風の城が見える。(幻覚じゃなければ)
手枷あーんど足枷をはめられて、首にも鎖。
だから自由に見ることなんて出来なかったけど。
歩きづらかったけど。
こんな見るからな奴隷という人たちにも商売を勧めてくる店の人とかを見ては何か映画の世界にこういうのがあったなぁなどと悠長とそんなことを考えていた。
連れてこられたところはやっぱり明るい、色々な声や熱気が混ざり合うところとは違う暗い影が包む細い道。
見るからに怪しい商売しか行われてない場所。
異臭ともども、その異様な空気に私は顔を顰めた。
ふと前を向いていた宇摩さんがこちらに束の間振り向いて。
「辛いだろうけど序所に慣れてくるから」
あまり聞いても嬉しくない言葉だったけど宇摩さんはもう慣れているんだな、と思った。
慣れっていうのは怖いけど。
でもいつか私も宇摩さんみたいに何も感じなく、動揺しなくなるのか…ある意味それも悲しいコトだけれど。
「ほら、さっさと並べっ」
命令口調で言う主にあんた何様と思ったけど抵抗するとか暴れるとかそんな子供染みたことはしたくないので大人しく従う。
なんか一段一段高くなっている石段の所に私達は順番ずつ並んだ。
前列の方から下に並んで、最後尾だった私と宇摩さん、茶木ちゃん他は一番上…最上段。
さり気無く宇摩さんが私を隠すように私の前に立ちはだかった。
隣の茶木ちゃんは私を振り返った後にっこりと笑って同じように母親の真似をする。
まさか宇摩さんだけでもなく、茶木ちゃんまでの力を借りるなんて…ここは一つ、覚悟を決めるか…。
でもそう思っても結局こうして力を借りて大人しく背後で縮こまるしかないのが悔しい。
「うーん、その人綺麗だけど子連れかぁ…」
そんな悔しがるような声がずっと続いてる。
やっぱり宇摩さんには皆注目するんだな…それでも残るのは、茶木ちゃんのお陰なんだろうけど。
にしてもやっぱり碌なこと考えない男しか買いに来ないのか。
…わかってたけど、溜息。
私達を善意で買ってくれる人はいないんだ……。
後は宇摩さんの肩越しにチラ…と見たけど、意地の悪そうな中年小母さん。
あんな人に仕えたらきっとずっとこき使われるに違いない…どうせそういうメイドとかいうのを捜しに来たんだろうから。
「うーん、僕美人よりも可愛い方が……」
声的に、男。
しかもまたどうしようもない男。
直接的にはわからないけど、何か気配で荒い息遣いが聴こえるのがわかる。
変なのがいるなぁと思いながら興味本意で覗き見しようとした。
そしたら丁度宇摩さんがしゃんと背を伸ばして私を背中で強く押して。
「駄目よ小荒ちゃん。隠れ…」
「あー、その人の後ろ! 後ろの子!!」
宇摩さんの囁き声が掻き消されさっきの荒い息遣いの男だろう(ここまで聴こえるなんてよほど)太い、生温い声が叫んだ。
こっちを指差してる…まさか…。
「おい、そこの女! 邪魔だ、どけ!!」
見つかった後でもそれでも必死に前にいた宇摩さんを私達の一時主である痩せこけた男が私と宇摩さんを繋いでいた足枷の鍵を解いた後、彼女を脇に追いやった。
「ママ!」
宇摩さんが悲鳴を上げて倒れると同時に茶木ちゃんが駆け寄る。
二人のせいか…他の人の鎖までもちょっと動いたみたいで何人かが座り込む。
私に力があれば。
男なら。
今すぐあの腹立つ男を殴るなり蹴るなりするのに。
そして宇摩さんと茶木ちゃんを連れて一目散に逃げるのに。
「……」
無力な自分を呪いながら男の指示の元、私は石段を下りた。
なんだかよくわからないけど視線を感じる。
「へぇ、ちょっと生意気そうだけど可愛い子じゃないか」
とかいう囁き声が聞こえてくる。
…なんかムカツいてくる。
「お客様、この女でございますか」
気持ち悪いほどに紳士的な態度で私の首に下がっただらりとした長い鎖を引っ張った。
……新しき主人…になるであろう人間を見て私は絶句。
「はぁ…はぁ……そうそう、この子…」
声を聞いた途端気持ち悪い奴だなと思ったけど想像通り。
穴の開いたジーンズに腹の肉が覗いている白いピッタリと肌についたシャツ。
少し黒い肌…というかそんなことじゃなくて。
見るからに太った体型にニキビだらけの顔にレンズの割れた黒縁眼鏡をかけたその細い目が私と目が合った途端にっこりと口ごと笑った。
腰にあるベルトの端に繋がれたなんか少女キャラクターもののフィギュアやらキーホルダーやらがなんて言うか…とにかく、もう全てが気持ち悪い。
「良いモノに目を付けましたねぇお客さん。これは昨日入ったまだ新鮮なもので……」
こんな奴が主人なの。
こんな奴の傍にいなきゃならないの。
恋人でもないこんな男と…あぁもうやだ。
今すぐ逃げ出したい…でもちょっと動くだけで首に繋がれた鎖が男に引っ張られて音がする。
……やっぱりわかってるのね、こっちの気持ちは。
しかも新鮮とか私は魚じゃないってのに………。
「結構値が張りますよ」
「大丈夫、ちゃんと持ってる…」
そもそも、こんな貧乏な男がお金を持ってるのかという疑問があった。
そうしたらなんかわからないけどどこからか出した、たっぷりとその腹みたいに膨れた茶色い巾着を男は出し、それに太い毛だらけの腕を突っ込んで。
出てきたお金は………えっ、一万円札が束になって男の手から。
おっさんすごいじゃないー……ってあれ、そういえば。
ここ結構日本とはかけ離れた世界っぽいのにどうしてこんな場違いみたいな恰好していられるんだろう…って気付けば周りの人もそうそう変わった服装をしていない。
スーツを着た男の人なんかもいる。
お金も見慣れたものだし。
……可笑しいなぁ、まるで別世界にでも来たかのような気がしたのに。
「確かに!」
痩せこけた商人は札の束を満足そうに数えた後そのまま「はい!」とにんまりとした笑みのまま(キモチワルイ)私を前に押しやった。
「…あぁ、可哀想だから手枷と足枷、それに首も、外してあげて」
新しい主人となる男は私を見るなりそう同情の目を込めて言って。
これはチャンスだー!!と喜んだ途端。
「いえ、それは出来ませんな。外した途端逃げ出すかもしれないので」
そりゃぁ、そうだよ……ね。
そう上手く事が進むはずが…。
「じゃあ僕がこうしてるからっっ」
言うなり男の太い二本の腕が私の胴体に回った。
ちょ、ちょっとやばいよ気持ち悪…それよりも前のめりに男の胸に倒れるようになっちゃったからシャツに染み込んだ汗の臭いまで嗅いじゃってすっかり迷惑なんだけど。
あんたそこまでして…。
「……わかりましたよ。お客さん大金出してくれましたし」
まさかと思ったけど若干間を置いてついに男はそう言った。
間の間には多分、呆れて溜息なんか吐いてたんだろうけど。
誰かの足音が背後から聞こえて。
…鍵の束のようななんかジャラジャラとした音が聴こえた後後ろで私の手を縛っていた二つの金属が一つ一つ外された。
次に足枷。
いや…、足は宇摩さんと引き離されたときから、事実的にはもう『自由』だったんだけど。
重かった……この…鎖?
久々の自由間を満喫している間もなく、クサい臭いから顔が解放されたと思ったらその両腕を前に回され新しい主人にがっしりと掴まれた。
互いの足の先が触れ合う程近くにいる中、向き合って男が女の両手を掴んでいて……うーん、この先の展開は少女漫画とかドラマでよく見たことがある。
まぁでもそんな展開には今すぐにはならないんだろうけど。
「…」
そんなことを考えているうちにちょっと重くて肩も軽くこり始めてた、変な銀の棘が黒い甲冑からはみ出てたその怪しい輪は首からゆっくりと外された。
別に呼吸が抑えられてた訳じゃないけど、急いで新鮮とまでも言えないちょっと汚れた空気を酸素を求めて吸う。
「じゃあ行こうか」
前の主人…もとい商人に向かいありがとうとあの気持ちの悪い笑みを浮かべ一言言うと私の左手を強く新しい主人は引いた。
皆のところを離れると同時に、
「その親子買った!」
との誰かさんの声。
親子は見る限り宇摩さんと茶木ちゃんしかいなかったから多分買われるのは二人なんだろう。
ついに…か。
別れ別れになっちゃったけどお互い頑張ろうね、宇摩さんと茶木ちゃん。
「(それにしても…)」
結局ここで二人が買われてしまってはもう私を隠す人がいないのだから結果、私は今の時点でもう買われていたかもしれない。
どんなにこの新しい主人の見かけを嫌ってもこんなふうな人しか買わないんだから意味がない。
それだとしたら、少しでも性格が良い人に………この人も、そんな風だと良いけど。
まぁでもとりあえず。
今のうちに別れを告げておこう。
後になってからじゃ言えないかもしれないから。
さようなら、私の貞操。
ファーストキス。
「……さようなら、宇摩さん茶木ちゃん…」
今までありがとう。
それから気付かない間に私は寝ていたみたいで。
なんか怒鳴り声みたいなのが聞こえて眼を開けた時にはあの男となんか内緒話をしていて私を引き取った…馬車の主がいた。
主の視線は鋭い。
その瞳に圧されて起き上がり私はやっと周囲に誰も人がいないことを確認した。
少し先の所で陰からこちらを見ていた宇摩さんがごめんねと両手を合わせて。
ああ…そっか、目的地の場所に着いてみんな寝ている人など叩き起こされた訳だけど私は図太く中々起きないで、それでこの人は怒っているという訳だ。
「…あ、おはようございます…」
アハハと笑い、頭を掻きながら。
自分でも苛々とする、わざとらしい態度を取りながら。
ギロリと向けられた視線に再び身を竦めて、そのまま逃げるように外に出た。
「小荒ちゃん、ごめんね」
出た途端横にいた宇摩さんがそう言って。
その隣には勿論茶木ちゃん。
「いえ…私はだ」
大丈夫と言いかけたところで「何してるんだ」との声が私の背後で掛かり。
宇摩さんは慌てて男に向かい頭を下げ他の皆が集まっている所に走った。
私もその後を追うように皆のところに向かったけど。
それからはよく覚えてない。
ただ私と同じように首に鎖が繋がれた、前の宇摩さんと話しながら、周りの景色を見ながらその市場に来たことは覚えてる。
(最後尾だったのが良かった。話してる所見られたら怒られるだろうから)
「(へぇ…ここがその場所…かぁ)」
日本じゃないみたいだった。
近代的な街並み。
露店が広がって、色々なざわめきがあって。
なんか遠くの霧が掛かっている方には洋風の城が見える。(幻覚じゃなければ)
手枷あーんど足枷をはめられて、首にも鎖。
だから自由に見ることなんて出来なかったけど。
歩きづらかったけど。
こんな見るからな奴隷という人たちにも商売を勧めてくる店の人とかを見ては何か映画の世界にこういうのがあったなぁなどと悠長とそんなことを考えていた。
連れてこられたところはやっぱり明るい、色々な声や熱気が混ざり合うところとは違う暗い影が包む細い道。
見るからに怪しい商売しか行われてない場所。
異臭ともども、その異様な空気に私は顔を顰めた。
ふと前を向いていた宇摩さんがこちらに束の間振り向いて。
「辛いだろうけど序所に慣れてくるから」
あまり聞いても嬉しくない言葉だったけど宇摩さんはもう慣れているんだな、と思った。
慣れっていうのは怖いけど。
でもいつか私も宇摩さんみたいに何も感じなく、動揺しなくなるのか…ある意味それも悲しいコトだけれど。
「ほら、さっさと並べっ」
命令口調で言う主にあんた何様と思ったけど抵抗するとか暴れるとかそんな子供染みたことはしたくないので大人しく従う。
なんか一段一段高くなっている石段の所に私達は順番ずつ並んだ。
前列の方から下に並んで、最後尾だった私と宇摩さん、茶木ちゃん他は一番上…最上段。
さり気無く宇摩さんが私を隠すように私の前に立ちはだかった。
隣の茶木ちゃんは私を振り返った後にっこりと笑って同じように母親の真似をする。
まさか宇摩さんだけでもなく、茶木ちゃんまでの力を借りるなんて…ここは一つ、覚悟を決めるか…。
でもそう思っても結局こうして力を借りて大人しく背後で縮こまるしかないのが悔しい。
「うーん、その人綺麗だけど子連れかぁ…」
そんな悔しがるような声がずっと続いてる。
やっぱり宇摩さんには皆注目するんだな…それでも残るのは、茶木ちゃんのお陰なんだろうけど。
にしてもやっぱり碌なこと考えない男しか買いに来ないのか。
…わかってたけど、溜息。
私達を善意で買ってくれる人はいないんだ……。
後は宇摩さんの肩越しにチラ…と見たけど、意地の悪そうな中年小母さん。
あんな人に仕えたらきっとずっとこき使われるに違いない…どうせそういうメイドとかいうのを捜しに来たんだろうから。
「うーん、僕美人よりも可愛い方が……」
声的に、男。
しかもまたどうしようもない男。
直接的にはわからないけど、何か気配で荒い息遣いが聴こえるのがわかる。
変なのがいるなぁと思いながら興味本意で覗き見しようとした。
そしたら丁度宇摩さんがしゃんと背を伸ばして私を背中で強く押して。
「駄目よ小荒ちゃん。隠れ…」
「あー、その人の後ろ! 後ろの子!!」
宇摩さんの囁き声が掻き消されさっきの荒い息遣いの男だろう(ここまで聴こえるなんてよほど)太い、生温い声が叫んだ。
こっちを指差してる…まさか…。
「おい、そこの女! 邪魔だ、どけ!!」
見つかった後でもそれでも必死に前にいた宇摩さんを私達の一時主である痩せこけた男が私と宇摩さんを繋いでいた足枷の鍵を解いた後、彼女を脇に追いやった。
「ママ!」
宇摩さんが悲鳴を上げて倒れると同時に茶木ちゃんが駆け寄る。
二人のせいか…他の人の鎖までもちょっと動いたみたいで何人かが座り込む。
私に力があれば。
男なら。
今すぐあの腹立つ男を殴るなり蹴るなりするのに。
そして宇摩さんと茶木ちゃんを連れて一目散に逃げるのに。
「……」
無力な自分を呪いながら男の指示の元、私は石段を下りた。
なんだかよくわからないけど視線を感じる。
「へぇ、ちょっと生意気そうだけど可愛い子じゃないか」
とかいう囁き声が聞こえてくる。
…なんかムカツいてくる。
「お客様、この女でございますか」
気持ち悪いほどに紳士的な態度で私の首に下がっただらりとした長い鎖を引っ張った。
……新しき主人…になるであろう人間を見て私は絶句。
「はぁ…はぁ……そうそう、この子…」
声を聞いた途端気持ち悪い奴だなと思ったけど想像通り。
穴の開いたジーンズに腹の肉が覗いている白いピッタリと肌についたシャツ。
少し黒い肌…というかそんなことじゃなくて。
見るからに太った体型にニキビだらけの顔にレンズの割れた黒縁眼鏡をかけたその細い目が私と目が合った途端にっこりと口ごと笑った。
腰にあるベルトの端に繋がれたなんか少女キャラクターもののフィギュアやらキーホルダーやらがなんて言うか…とにかく、もう全てが気持ち悪い。
「良いモノに目を付けましたねぇお客さん。これは昨日入ったまだ新鮮なもので……」
こんな奴が主人なの。
こんな奴の傍にいなきゃならないの。
恋人でもないこんな男と…あぁもうやだ。
今すぐ逃げ出したい…でもちょっと動くだけで首に繋がれた鎖が男に引っ張られて音がする。
……やっぱりわかってるのね、こっちの気持ちは。
しかも新鮮とか私は魚じゃないってのに………。
「結構値が張りますよ」
「大丈夫、ちゃんと持ってる…」
そもそも、こんな貧乏な男がお金を持ってるのかという疑問があった。
そうしたらなんかわからないけどどこからか出した、たっぷりとその腹みたいに膨れた茶色い巾着を男は出し、それに太い毛だらけの腕を突っ込んで。
出てきたお金は………えっ、一万円札が束になって男の手から。
おっさんすごいじゃないー……ってあれ、そういえば。
ここ結構日本とはかけ離れた世界っぽいのにどうしてこんな場違いみたいな恰好していられるんだろう…って気付けば周りの人もそうそう変わった服装をしていない。
スーツを着た男の人なんかもいる。
お金も見慣れたものだし。
……可笑しいなぁ、まるで別世界にでも来たかのような気がしたのに。
「確かに!」
痩せこけた商人は札の束を満足そうに数えた後そのまま「はい!」とにんまりとした笑みのまま(キモチワルイ)私を前に押しやった。
「…あぁ、可哀想だから手枷と足枷、それに首も、外してあげて」
新しい主人となる男は私を見るなりそう同情の目を込めて言って。
これはチャンスだー!!と喜んだ途端。
「いえ、それは出来ませんな。外した途端逃げ出すかもしれないので」
そりゃぁ、そうだよ……ね。
そう上手く事が進むはずが…。
「じゃあ僕がこうしてるからっっ」
言うなり男の太い二本の腕が私の胴体に回った。
ちょ、ちょっとやばいよ気持ち悪…それよりも前のめりに男の胸に倒れるようになっちゃったからシャツに染み込んだ汗の臭いまで嗅いじゃってすっかり迷惑なんだけど。
あんたそこまでして…。
「……わかりましたよ。お客さん大金出してくれましたし」
まさかと思ったけど若干間を置いてついに男はそう言った。
間の間には多分、呆れて溜息なんか吐いてたんだろうけど。
誰かの足音が背後から聞こえて。
…鍵の束のようななんかジャラジャラとした音が聴こえた後後ろで私の手を縛っていた二つの金属が一つ一つ外された。
次に足枷。
いや…、足は宇摩さんと引き離されたときから、事実的にはもう『自由』だったんだけど。
重かった……この…鎖?
久々の自由間を満喫している間もなく、クサい臭いから顔が解放されたと思ったらその両腕を前に回され新しい主人にがっしりと掴まれた。
互いの足の先が触れ合う程近くにいる中、向き合って男が女の両手を掴んでいて……うーん、この先の展開は少女漫画とかドラマでよく見たことがある。
まぁでもそんな展開には今すぐにはならないんだろうけど。
「…」
そんなことを考えているうちにちょっと重くて肩も軽くこり始めてた、変な銀の棘が黒い甲冑からはみ出てたその怪しい輪は首からゆっくりと外された。
別に呼吸が抑えられてた訳じゃないけど、急いで新鮮とまでも言えないちょっと汚れた空気を酸素を求めて吸う。
「じゃあ行こうか」
前の主人…もとい商人に向かいありがとうとあの気持ちの悪い笑みを浮かべ一言言うと私の左手を強く新しい主人は引いた。
皆のところを離れると同時に、
「その親子買った!」
との誰かさんの声。
親子は見る限り宇摩さんと茶木ちゃんしかいなかったから多分買われるのは二人なんだろう。
ついに…か。
別れ別れになっちゃったけどお互い頑張ろうね、宇摩さんと茶木ちゃん。
「(それにしても…)」
結局ここで二人が買われてしまってはもう私を隠す人がいないのだから結果、私は今の時点でもう買われていたかもしれない。
どんなにこの新しい主人の見かけを嫌ってもこんなふうな人しか買わないんだから意味がない。
それだとしたら、少しでも性格が良い人に………この人も、そんな風だと良いけど。
まぁでもとりあえず。
今のうちに別れを告げておこう。
後になってからじゃ言えないかもしれないから。
さようなら、私の貞操。
ファーストキス。
「……さようなら、宇摩さん茶木ちゃん…」
今までありがとう。