いろんなお話たち
◆
湯船の中にはまだ熱い湯は溜まってなくて。
それにまぁ、季節的にシャワーで大丈夫だろうと軽く体を流した後浴室を出た。
「!」
用意してある服、に思わず目を見開いた。
お金ないとかあの人言ってたけど。
でもだからってこれ…これは…。
あの人にこの服をあげた人は、よっぽど悪趣味の変態野郎に違いない。
「(わ、私の服…は……)」
一応辺りを見回してみたけど私の制服はない。
わかってたけどさー、うーん…多分もう棄てられてる?
「……」
仕方ない、スッポンポンでいる訳にもいかないから着る、か…。
「似合ってるよ、琉卯!!」
出て行くと同時に目を輝かせながら主サンは言った。
私はどうリアクションをしていいのかわからないので、とりあえず照れ笑い。
「サイズが合うか不安だったんだけど…あ、コレは洗濯しとくからねっ」
綺麗に折りたたまれた制服を手に持ちながら主は言った。
こちらがシャワー浴びてる間に入って来たんかい……まぁ良いけど。
それにしてもこの年齢でこんなのを着るハメになるとは。
黒地に白いレースがたくさんついたエプロンドレス。
俗にいうメイド服とかいう奴だな、うん。
こんなのを着て「ご主人様」………あぁ、やっぱりあの人は。
そういう系の人か。
そういえば主さんはなんて名前なんだろう。
「…あの、ご主人様」
それよりもこれからどうすれば?
呼び方に困ってとりあえずその呼び方をしたら、主サンは顔を真っ赤にして手を顔の前で左右に振った。
「主人なんていいよっ、僕そんな風に呼ばれるの慣れてないしっっ。普通に狗でいいよ」
え、なんだ違うの。
妙になんか可愛い態度を取るな~と思ったら。
普通…というか、いぬ…ですか。
え、あのそれって名前……いやいや、主人にそんなことを言ってはいけない。
「狗さん…?」
「さんもあまり慣れてないけど。琉卯の好きでいいよ」
未だに顔が赤い「いぬ」サン。
若しかして今までに女の人から名前で呼んでもらったことないのかな?
とりあえず…私の好き、で良い。
「じゃあ狗さんで」
笑って言うと、頷いたので主さんの呼び方は決まった。
ご主人様とかそんな鳥肌が立つような呼び方、実を言うと私も嫌だったりしたからちょっとホッとしてる。
私が琉卯で、主人は狗さん。
まぁ、琉卯って別の名前で呼ばれるのちょっとさみしい気もするけど。
でも見ず知らずの男に本名で呼ばれるのもちょっとアレだから良いか。
「でね、琉卯。これからなんだけど」
手で自分の向かい側に、正面にと示したので私は小走りで彼の元まで行き目の前に腰を下ろした。
「僕朝から夜までちょっと仕事だからいないんだけどその間は外に出たりする以外は好きにしてていいからね。台所とかは自由に使って良いから。洗濯とか家事もね、僕がいる時は僕がやるからいいよ。でね、一つお願いがあるんだけど。その…毎晩僕と一緒に寝てくれる?」
仕事だからいない。
しかもその間は好きに…自由にしてていい!
外に出ちゃいけないのはわかってたけど。
奴隷生活とは言えなんて自由な生活なんだろうと思ってたら。
夜は一緒に…ああ、そう。
そうだよね、夜伽の務めをしろってことね。
私はその時、どんな表情をしていたのかわからないけど。
「あ、勿論変なことはしないからっ。恥ずかしいんだけど、僕夜一人で寝るの恐くて。それで今まで人形とか抱いて寝ていたんだけど……とにかく琉卯には絶対に変なことしないよ、約束する。琉卯もその方が良いだろう? 僕じゃなくて、本当に好きな人としたいよね」
まぁでも僕のこと好きになってくれたら嬉しいんだけど、とウブな少年のように頬染める狗さん。
そうか、体触ってこないんだ、こりゃありがた……え?
夜一人でいるの怖いとか、私も小さい頃そうだったりしたから、別に馬鹿にしたりはしないけど。
というか…え、何? 何もしないの? ただ一緒に寝るだけで良いの?
本当に好きな人と……そうですよ、女の子は皆そう思いますよ。
でも…じゃあなんで私を、あんなにたくさんのお金を払って買ったんだろう。
狗さんが仕事に行く間は、外出以外は自由で。
夜も添い寝だけで。
そんな居候人みたいなことで良いの?
馬鹿みたい、素直に頷けないよ。
「でも…それじゃ私何もしないんじゃ…」
なんだか酷く悪く思っちゃう――――――。
「琉卯も大体は知っているかもしれないけど。長い間奴隷やってたりするとね、その人の生気がなくなるというか。目に力がなくなるんだよね、琉卯はまだそんな状態じゃないみたいだけど。まだそんなに日が経っていないんだろう? それは本当に珍しいことなんだよ。だから僕は放っておけなくて」
何、何言っているのこの人…こんなに良い人みたいな、善人みたいな言葉。
後で何かしたりするんじゃないの? 上辺だけの貌じゃないの?
「いつも思うんだ、小さい子とか見るたびに。でも皆手遅れで…前に一回そういう子を買ったことあるんだけどね、その子の傷を癒せずにその子は死んじゃって。それ以来琉卯みたいな子を見つけては僕が買って、それで外に出れるようになったら解放してる。……こんなこと、琉卯だから言えることで。今まで誰にも話さなかったんだけどね。鼡さんに言ったら怒られるだろうなー…」
笑いながら言うこの人の眼差しは優しいでしかなくて。
他の怪しい色なんか少しも混じってないで。
申し訳なくなった、少しでも私はこの人を疑っていたことに。
あの時奴隷を買うために来ていた人と同じようにこの人を見てしまったことを。
ごめんなさい、ごめんなさい。
「…めんなさ…」
「えっ?」
突然の涙に狗さんは慌てている。
容姿こそ、あまり素敵な男性とは言えない容姿だけど。
(事実私もパッと見思ったとおり、部屋の中もなんかキャラクター系でありふれてるからそういうのかなと思ってて…)
なんていい人なんだろう。
「琉卯? あ、大丈夫だからねっ。鼡さんはたまにしか来ないから。それにもし来ても大抵は、あの人は見逃してくれるんだよ」
何か勘違いしているみたいだけど。
鼡という人が誰だか気になるけど、とりあえず今は〝違う〟。
違う、違うんだよ狗さん…―――。
『買われてからは、その人が主人。私達は従わなければならない存在。人のことをね、お金で売買するって本当に卑劣で悲しいことだけれど…私達は抗えないの。こうしてこの荷台に乗っている以上、誰かに買われるかそれとも行く宛てもないままこの生活が続き、餓死してしまうかどちらかしかないの。だからいい人巡り会えると良いんだけどね、どういう訳か〝いい人〟はもっと別のことにお金を使ってしまうの。だから私達が出会う確立は本当に少ないのよ……奴隷人全てを解放してくれる人が現れれば良いんだけどね』
宇摩さんの言葉が蘇る。
ああ、もし時間を戻せるなら。
私の自由に操られるなら。
宇摩さんと茶木ちゃんをこの人に買わせて、それで二人に不幸がない生活を送らせることが出来たのに。
多分狗さんも。
宇摩さんと茶木ちゃん親子を助けたかったんだろうけど。
目が、伝えてくる。
流石に二人も買う余裕はなかった、って……。
確かに家も狭いしね。
でも、でも…なぁ。
「………っ」
ごめんなさい、宇摩さんと茶木ちゃん。
私ばっかりこんな良い目にあって良いの?
それとも誰かが今不幸だからかな?
私、あなた達二人がどうか無事でありますようにと願って他ならない。
…ねぇ、お父さん、お母さん。
あなた達は今幸せ?
借金無事に返せた? お父さんは何も気にせずに仕事出来てる?
いつもどおりの生活が送れてる―――? すごく、不安。
それとも私の方に、これからものすごく不幸なことがあるから。
それで今だけ幸せなのかな。
だとしたら狗さんといられる時間もそんなにないってことかな。
だったら…少しでも明るく生きなきゃね。
今のうちなんだから、自由な生活をしていよう。
だから、どうかこの涙が止まってくれますように…。
湯船の中にはまだ熱い湯は溜まってなくて。
それにまぁ、季節的にシャワーで大丈夫だろうと軽く体を流した後浴室を出た。
「!」
用意してある服、に思わず目を見開いた。
お金ないとかあの人言ってたけど。
でもだからってこれ…これは…。
あの人にこの服をあげた人は、よっぽど悪趣味の変態野郎に違いない。
「(わ、私の服…は……)」
一応辺りを見回してみたけど私の制服はない。
わかってたけどさー、うーん…多分もう棄てられてる?
「……」
仕方ない、スッポンポンでいる訳にもいかないから着る、か…。
「似合ってるよ、琉卯!!」
出て行くと同時に目を輝かせながら主サンは言った。
私はどうリアクションをしていいのかわからないので、とりあえず照れ笑い。
「サイズが合うか不安だったんだけど…あ、コレは洗濯しとくからねっ」
綺麗に折りたたまれた制服を手に持ちながら主は言った。
こちらがシャワー浴びてる間に入って来たんかい……まぁ良いけど。
それにしてもこの年齢でこんなのを着るハメになるとは。
黒地に白いレースがたくさんついたエプロンドレス。
俗にいうメイド服とかいう奴だな、うん。
こんなのを着て「ご主人様」………あぁ、やっぱりあの人は。
そういう系の人か。
そういえば主さんはなんて名前なんだろう。
「…あの、ご主人様」
それよりもこれからどうすれば?
呼び方に困ってとりあえずその呼び方をしたら、主サンは顔を真っ赤にして手を顔の前で左右に振った。
「主人なんていいよっ、僕そんな風に呼ばれるの慣れてないしっっ。普通に狗でいいよ」
え、なんだ違うの。
妙になんか可愛い態度を取るな~と思ったら。
普通…というか、いぬ…ですか。
え、あのそれって名前……いやいや、主人にそんなことを言ってはいけない。
「狗さん…?」
「さんもあまり慣れてないけど。琉卯の好きでいいよ」
未だに顔が赤い「いぬ」サン。
若しかして今までに女の人から名前で呼んでもらったことないのかな?
とりあえず…私の好き、で良い。
「じゃあ狗さんで」
笑って言うと、頷いたので主さんの呼び方は決まった。
ご主人様とかそんな鳥肌が立つような呼び方、実を言うと私も嫌だったりしたからちょっとホッとしてる。
私が琉卯で、主人は狗さん。
まぁ、琉卯って別の名前で呼ばれるのちょっとさみしい気もするけど。
でも見ず知らずの男に本名で呼ばれるのもちょっとアレだから良いか。
「でね、琉卯。これからなんだけど」
手で自分の向かい側に、正面にと示したので私は小走りで彼の元まで行き目の前に腰を下ろした。
「僕朝から夜までちょっと仕事だからいないんだけどその間は外に出たりする以外は好きにしてていいからね。台所とかは自由に使って良いから。洗濯とか家事もね、僕がいる時は僕がやるからいいよ。でね、一つお願いがあるんだけど。その…毎晩僕と一緒に寝てくれる?」
仕事だからいない。
しかもその間は好きに…自由にしてていい!
外に出ちゃいけないのはわかってたけど。
奴隷生活とは言えなんて自由な生活なんだろうと思ってたら。
夜は一緒に…ああ、そう。
そうだよね、夜伽の務めをしろってことね。
私はその時、どんな表情をしていたのかわからないけど。
「あ、勿論変なことはしないからっ。恥ずかしいんだけど、僕夜一人で寝るの恐くて。それで今まで人形とか抱いて寝ていたんだけど……とにかく琉卯には絶対に変なことしないよ、約束する。琉卯もその方が良いだろう? 僕じゃなくて、本当に好きな人としたいよね」
まぁでも僕のこと好きになってくれたら嬉しいんだけど、とウブな少年のように頬染める狗さん。
そうか、体触ってこないんだ、こりゃありがた……え?
夜一人でいるの怖いとか、私も小さい頃そうだったりしたから、別に馬鹿にしたりはしないけど。
というか…え、何? 何もしないの? ただ一緒に寝るだけで良いの?
本当に好きな人と……そうですよ、女の子は皆そう思いますよ。
でも…じゃあなんで私を、あんなにたくさんのお金を払って買ったんだろう。
狗さんが仕事に行く間は、外出以外は自由で。
夜も添い寝だけで。
そんな居候人みたいなことで良いの?
馬鹿みたい、素直に頷けないよ。
「でも…それじゃ私何もしないんじゃ…」
なんだか酷く悪く思っちゃう――――――。
「琉卯も大体は知っているかもしれないけど。長い間奴隷やってたりするとね、その人の生気がなくなるというか。目に力がなくなるんだよね、琉卯はまだそんな状態じゃないみたいだけど。まだそんなに日が経っていないんだろう? それは本当に珍しいことなんだよ。だから僕は放っておけなくて」
何、何言っているのこの人…こんなに良い人みたいな、善人みたいな言葉。
後で何かしたりするんじゃないの? 上辺だけの貌じゃないの?
「いつも思うんだ、小さい子とか見るたびに。でも皆手遅れで…前に一回そういう子を買ったことあるんだけどね、その子の傷を癒せずにその子は死んじゃって。それ以来琉卯みたいな子を見つけては僕が買って、それで外に出れるようになったら解放してる。……こんなこと、琉卯だから言えることで。今まで誰にも話さなかったんだけどね。鼡さんに言ったら怒られるだろうなー…」
笑いながら言うこの人の眼差しは優しいでしかなくて。
他の怪しい色なんか少しも混じってないで。
申し訳なくなった、少しでも私はこの人を疑っていたことに。
あの時奴隷を買うために来ていた人と同じようにこの人を見てしまったことを。
ごめんなさい、ごめんなさい。
「…めんなさ…」
「えっ?」
突然の涙に狗さんは慌てている。
容姿こそ、あまり素敵な男性とは言えない容姿だけど。
(事実私もパッと見思ったとおり、部屋の中もなんかキャラクター系でありふれてるからそういうのかなと思ってて…)
なんていい人なんだろう。
「琉卯? あ、大丈夫だからねっ。鼡さんはたまにしか来ないから。それにもし来ても大抵は、あの人は見逃してくれるんだよ」
何か勘違いしているみたいだけど。
鼡という人が誰だか気になるけど、とりあえず今は〝違う〟。
違う、違うんだよ狗さん…―――。
『買われてからは、その人が主人。私達は従わなければならない存在。人のことをね、お金で売買するって本当に卑劣で悲しいことだけれど…私達は抗えないの。こうしてこの荷台に乗っている以上、誰かに買われるかそれとも行く宛てもないままこの生活が続き、餓死してしまうかどちらかしかないの。だからいい人巡り会えると良いんだけどね、どういう訳か〝いい人〟はもっと別のことにお金を使ってしまうの。だから私達が出会う確立は本当に少ないのよ……奴隷人全てを解放してくれる人が現れれば良いんだけどね』
宇摩さんの言葉が蘇る。
ああ、もし時間を戻せるなら。
私の自由に操られるなら。
宇摩さんと茶木ちゃんをこの人に買わせて、それで二人に不幸がない生活を送らせることが出来たのに。
多分狗さんも。
宇摩さんと茶木ちゃん親子を助けたかったんだろうけど。
目が、伝えてくる。
流石に二人も買う余裕はなかった、って……。
確かに家も狭いしね。
でも、でも…なぁ。
「………っ」
ごめんなさい、宇摩さんと茶木ちゃん。
私ばっかりこんな良い目にあって良いの?
それとも誰かが今不幸だからかな?
私、あなた達二人がどうか無事でありますようにと願って他ならない。
…ねぇ、お父さん、お母さん。
あなた達は今幸せ?
借金無事に返せた? お父さんは何も気にせずに仕事出来てる?
いつもどおりの生活が送れてる―――? すごく、不安。
それとも私の方に、これからものすごく不幸なことがあるから。
それで今だけ幸せなのかな。
だとしたら狗さんといられる時間もそんなにないってことかな。
だったら…少しでも明るく生きなきゃね。
今のうちなんだから、自由な生活をしていよう。
だから、どうかこの涙が止まってくれますように…。