いろんなお話たち
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「………んぁ?」
つんつん、と誰かに頭を突かれてばっと頭を起こした。
「なに、寝てんだよ」
長髪に身なりの薄汚い男が呆れた眼差しを向けていたが(手に持っているフォークでこちらの頭を突いたようだ)、しばらく頭がポウ~としていた。
何してたんだ……自分、腕組んで、居眠りして……。
「(この感じ…なんだか2回目のような…)」
そこまで思ったところで、急に頭が冴えた。
「あ――――っ!!」
叫び、目の前のテーブルを見……皿が、ない?
「お、おいおい俺の食事は…」
「? あぁ、さっきオレが片付けといた」
平然と答えた声に、フォークを手に持っていた理由がやっとわかった。
最初に疑問を抱くべきだった。
つーか、人が寝ている目の前で普通に気にせず食べるって……人間とはそこまで胃袋がでかいのか?
いや、こいつの場合見た目が乞食だからとりあえず目の前にある物はなんでも蓄えようと、そう考えてしまうのだろう。
「おまえ、ドラゴンなんだろ? 食べなくても」
「やってけねーよ」
どうやら勘違いしているのがもう一人いたようだ。
エレオスはうんざりと溜息を吐いた。
ここ何日かろくな食事じゃなかったから(何しろ男の一人旅)、久しぶりにがっつり食えるかと思っていたのに……。
怒りの矛先が目の前の男に向き、奴の胸倉を掴み引き寄せた後、その耳に囁く。
「後で倍返ししろ、…ニンゲン」
後半は特に声を低くし。
直後男の顔が青ざめたが、気にせず手を離す。
途端に男は自分から離れた。
「お、オマエ怖い奴だな……」
そこまで脅かしたつもりはなかったのだが、(確か)ジャックという名の男の額を、汗が伝ったのが見えた。
一部始終を見ていたのだろう、カイルが笑う。
「許してやれ、エレオス! …何なら狩りに行くか?」
肩を叩かれたが、カイルのその笑みに頷けなかった。
この惑星の空はダークブルー……。
真っ暗闇よりほんの少し、明るい。
だからかもしれないが、別に発光している訳じゃないのに、この髪色はひどく目立った。
森で旅人が猛獣に襲われないように、熾す火。
漆黒の世界でも十分その存在を示す灯火……。
同じ色だった。
だから行けない。
と、いうより行きたくない。
「………(夢語り妖精…)」
肩に乗っていたカイルの手をおろしたところで、ようやくあの妖精を思い出せた。
テーブルを見たが当然、姿は消えている。
先に毛糸玉をつけた長い帽子をかぶり、襟の大きな服を着ている小人妖精。
人間・動物関係なく、彼らは自分以外のものとコミュニケーションをはかる時、どこかから集めてきた夢を見せる。
どこの誰が見たかもわからない、ましてやどんな内容かなんて、こちらが身構える前に見せてくるのだから、中にはとんでもない夢を見せられて、現実世界に戻ったとたん倒れる人間も少なくない。
そんな様子を見て、奴ら「夢語り妖精」はクスクスと笑う。
……元々は子供の夢から生まれた妖精で、なるほど子供らしい可愛い夢を、大人に語り聞かせるかのように見せ、枯れたその心を癒したことから「夢語り」と呼ばれているが……。
単にイタズラ好きな妖精なのだろう。
「(やられたな…)」
思わず苦笑いを溢したところで、
「…ん?」
視界の隅。
テーブルに肘をつき、組んだ手に額を押し当てるタルートが目に入った。
「?」
どうしたんだ? 歩み寄って方に手をそえ、
「…タルート?」
呼ぶと、
「あ、ああ…すまん。少し夢を見てな…」
顔を覗き込むと、やけに疲れた顔をしているというか……。
「! あ、もしかして兄さんも今の見たのか?」
指を鳴らし、何か閃いた様子のエレオスに反して、
「……」
タルートは俯く。
「そうかぁ――いや、すごい偶然だな。あの精も一気に2人同時に同じ夢を見せるとは」
「…ユメリ(※夢語り妖精の略)は1人分の力しか持っていない。複数の人間が同じ夢を見たということは、その出来事は夢想上のものでないということだ。過去のことであるにしろ、自身が体験したことは否応なしに、ユメリが周りで力を使う際、自分のもとへと還ってくる。…すまない、つまらないものを見せたな」
「……え?」
苦々しい表情で言葉を絞り出すタルートに、エレオスは最初意味がわからなかった。
「何言ってんだ? あいつらが見せるのはマボ」
「…そのマボロシも、強く記憶として残ったものの時があるのさ、エレオス」
横から口を挟みながら、グラスを2つ持ってきたカイルがそのうち1つをタルートに渡した。
「誰かが死んだとか、好きなやつと一晩越したとか、そういう体も心も、感情全てが膨れ上がる特別な出来事は、まれに夢の中にまで現れる……そして時々、得もしない出来事として〝続き〟を表す。…大方、タルートはアイリスちゃんのことでも考えてたから精がそれを選んだんだろ。で、どんな内容だった? 理性が壊れてるタルートでも拝見したのかな?」
言って悪戯っぽくカイルが片目を閉じた直後、その顔にバシャリと水がかかった。
「……タルート」
笑顔のまま、けれど声色を微かに変えるカイル。
タルートはまだ幾分か中身の残ったグラスを、バンッと音を立ててテーブルの上に置き、
「頭が冷めたか? それともまだ物足りないのか?」
「…ああ、別の意味で冷めなくなったよ」
カイルの周囲で黒い光が渦巻く。
…彼が幼い頃から〝顔に液体をかけられる〟ことが大嫌いなのはエレオスでも知ってることだ。
なぜ、どうして嫌なのかわからないが。
天井にぶら下がるシャンデリアの火が、風もないのに揺れる。
それに伴い室内が暗くなってゆく。
「(あ…明かりを消すつもりか、カイル兄サン…)」
光が明滅する天井、角の燭台の灯りの弱まりを見てエレオスは咄嗟にマズイと思ったが、自分一人では抑えきれない。
「お、おいおい。どーしたんだよ」
残った料理を全て処理しようと(さすがの空腹でも、食べ残しに手をつけるのはエレオスも気が引けた)、1人皿と格闘していた男が、心配そうに周りをきょろきょろと窺ったが、……奴に関しては放っとこう。
それよりも……。
「…まだ克服してなかったのか…。それはすまなかったな」
口元に穏やかな微笑を浮かべたままのタルートを前に、カイルは……。
エレオスは急いで2人の間に割り込んだ。
どちらかというと、カイルの視界にタルートが入らぬよう両手拡げながら、
「ま、まぁまぁ。兄サン落ち着いて。ここはホラ――城の中だしさ、一応それもまずいよ」
それ……、つまり翼を生やした状態の翼人(第2の姿)。
黒く変わったその瞳を、真正面から見据えると、
「カイル。わたしが悪かった」
エレオスの後ろから聴こえた素直な謝罪のおかげか、急にカイルはつまらなそうになり、眼も元の青に戻った。
しかし感情の波は静まっても、魔法の効力が及ぼした影響までは元に戻らない。
結局、光が失われた暗がりの部屋では自然と沈黙が訪れる。
「……暗闇ってのは女とイチャイチャするもんであって、男共と食事する趣味はオレにはねぇぞ」
吐息混じりにそう言ったジャックが仕方なく胸元からマッチを取り出そうとするとそれが見えたのか、制止の声がした。
タルートが天井に向かって手を翳すと、シャンデリアに再び光が宿った。
部屋の隅に置かれた燭台の上にも炎が宿る。
さすが…! 影のカイルとは対の、光のドラゴン。
ただ滅多なことがない限り今のような簡単な、ごくわずかな力でさえ使わない。
まぁベースは光だが、自分と同じく〝無〟が混ざっているのもあるかもしれないけど。
戦では当然……力は封印しているんだろう。
そこはカイルも同じ……だな。
エレオスは改めて、2頭のドラゴンを見て感服した(しかし個人的な争いには巻き込まれたくない)。