いろんなお話たち

「(お…お腹、イタイ)」
中庭。
ベンチに横になる私は、お腹を押さえている。
お昼の、あのパフェ……キンキンに冷えていたのに。
一気はやっぱりまずかった。
失敗した……。
「(うー……)」
しばらく悶えて。
悶え続けて。
でも。
「!」
木々の間から、リディア様の姿が見えて。
私は体を起こした。
こんな姿…っ見られたくな
――――むにゅ。
「!!?」
突然の、胸を包み込む感触。
背後から。
大きな手、が、私の胸、を、
「………」
見ると、赤い軍服の襟。
金が縁取られた……すぐに誰かわかった。
「ティルさん!?」
木々を隔てて向こう側にリディア様がいる。
そのため少し声を抑えた。
「あたり。よく…俺だって気付いたね」
ご機嫌な声の下。
その手は自由に私の胸を弄び続ける。
「ちょ…やめて下さい!」
抵抗しようと手を掴むと、あっさりとその手は離れた。
「……いつもながら。ヴァニラちゃんの胸は最高だね」
前に姿を見せたその人は、肩までの長さの紫髪のそのヘンタイ男は、にっこりと笑う。
「…リディア様に言いますよ」
彼は聖ルリフェン王国騎士団長。
いくつかにわかれた全ての騎士団を総べるトップの人。
顔立ちは整っている。
美青年。
騎士団長だからもちろん剣の腕はいい。
なのにこの人はヘンな趣味を持つ。
それは。
「いやぁ、怒った顔も素敵だなぁ。そんな風に君の胸の尖りも勃たせてみたいなぁ」
「………」
胸フェチ。
そして私の胸は最悪なことに、彼の「お気に入りリスト」に仲間入りしてしまった。
嫉妬深いメイドのいじめよりも、何よりも。
私はこの人が一番嫌いで苦手だ。
この人の私に接する態度が嫌なのだ。
なんでこんなヘンタイが、この城にいるのよ!?
「今日は暇なんですね」
「ん。ヴァニラちゃんに会いたくて部下達の稽古を早く終わらせた」
「それはどうも」
「ふっ 素直じゃないね?」
今日は特に会いたくなかったのに……。
「隣。失礼するよ」
こちらが返事する前に座ってきたので、思わず胸を手で隠すと「無理には触らないから安心して」と言う。
嘘つき。
ほんの数分前、私の許可なく触った癖に…!
「…そういえば」
ティルさんが、ふ、と思い出したように、
「君…泣いたんだって? アードルフに聞いたよ」
「!」
驚いた。
パフェ食べてた時…肩でも震えていたのだろうか? バレないよう、頑張ったのに…!
「どうして…」
「去り際。目、赤くはれてたって」
彼の言葉に、思わず頬が赤くなって俯いた。
「……」
「何かあったの?」
いつになく心配げな声で「どうしたの?」と訊いてくる。
私…普通にするつもりだったのに。
アードルフを心配させるなんて……このままでは、まずい。
この人にまで…ティルさんにまで、変な行動をとってしまうだろう。
「別に…なんでもありませんっ(というか些細なことでも絶対この人には話さないんだから…!)」
言って、私は立ち上がる。
早い話が、すぐに去ろうと思ったのだ――……。
木の向こう。
リディア様と、彼女を守るボディーガードが2人。
何話してるんだろう? と気になる一方で、近づきたくない…近づけないと、思った。
「ヴァニラちゃん」
そのまま動かそうとした私の足を止めるように、ティルさんの声がかかる。
「俺もアードルフと同じで、特に詮索はしない。けど――何かあったら、言うんだよ?」
「……」
振り向けなかった。
彼がどんな表情(カオ)してるかなんて、私でもわかっていたことだから。
きっと。
これ以上誰かの優しさに触れたら。
『誰にも言わないで』
リディア様を裏切ることになってしまう。
彼女の勇気を無駄にしてしまうだろう。
それはできない。
しちゃいけないんだから―――。
「…ありがとうございます」
いろいろ考えていたからか、素直にそう返してしまった。
いつもならもっとヒネくれた言い方を私はしているだろうに。
「失礼します」
勘付かれなきゃいい。
いつもはおフザケなのに、ティルさんは急にキレ者になるから…それが不安だった。
「………」
どうか。
ばれませんように。
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